価値観が多様化し、先行き不透明な「正解のない時代」には、試行錯誤しながら新しい事にチャレンジしていく姿勢や行動が求められる。そのために必要になってくるのが、新しいものを生みだすためのアイデアだ。しかし、アイデアに対して苦手意識を持つビジネスパーソンは多い。ブランドコンサルティングファーム株式会社Que取締役で、コピーライター/クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の最新刊『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』は、個人&チームの両面からアイデア力を高める方法を紹介している点が、類書にはない魅力となっている。本連載では、同書から一部を抜粋して、ビジネスの現場で役立つアイデアの技術について、基本のキからわかりやすく解説していく。ぜひ、最後までお付き合いください。
記入しやすいところから記入していく
前回に続いて、「アイデア分解構築シート」を使ってアイデアを生みだしていく方法をご紹介します。このシートを使ってアイデアを生みだしていくときは、どこから記入しても構いません。埋めやすいところから取り組んでいくことがポイントです。
例として、「過疎地域の人口減少を食い止めるアイデア」を生みだすことに取り組んでみましょう。
まず、埋めやすいのは「②ターゲットと課題」です。
たとえば、
「人口増加を目的として、子育て世代への人口流入増加策や、観光などによる交流人口増加策が周辺地域と比較して劣勢にあることから、ターゲットを山村留学にやってきた学生に置く。彼らを、どう将来的な交流人口や流入人口増加につなげていくか、という課題」というように記入します(下図参照)。
③どんなA→A’をつくるのか
次は、このターゲットや課題に対して、「③どんなA→A’をつくるのか」について埋めていきましょう。
Aには、「山村留学先は、ただ学生時代を過ごす場所と思われている」というように山村留学でやってきた学生の現状の認識を書きます。そして、には「山村留学をした場所に、社会人として戻り定住する」という理想の状態を書きます。
そして、この理想の状態をつくるためには、「④どんなインサイトに基づいたアイデアか」が必要かを考えていきます。
これを、先の例に沿って書いてみると、
「中学・高校で『学ぶ目的』を見つけた人は、大学で主体的な学びを実践し、当初抱いた課題に対して取り組んでいく、というインサイトに基づき、山村留学の中で地域の課題を共有し取り組んでいく実践の場をつくる」というアイデアとなります。
このインサイトの仮説は、学ぶ目的を問うAO入試の有用性を説いた先行研究などにより、ある程度は信頼に足るものになりそうです。
⑤アイデアの概要(結果)
次に、「⑤アイデアの概要(結果)」を埋めていきます。多少、理想が入っていますが、次のようなアイデアと結果があるのでは、と想像しながらシートを埋めていきます。
「山村留学に来た学生に対して、ひとりにひとつ『地域が抱える課題』を提示。その課題に対して、リサーチし、アイデアを考え、周囲を巻き込みながら実行していくという経験をつくる。山村留学の学生は、ひとりのアイデアを起点に地域を変えていけるという自己効力感を得るとともに、現在の自分では未熟な部分を知り、大学での学びを行う。その結果、学びの実践の場として、山村留学した場所に戻り、地域づくりを行う人材となる」
最後に、このアイデアに名前をつけることをしましょう。「①アイデアのタイトル」欄にできるだけ簡潔に書けば「山村留学者が留学中に、地域の課題に取り組むことで、地域づくりのプレイヤーとして戻ってくるアイデア」となるでしょう。
シートにまとめると、図のようになります。
まとめてみると、なかなか説得力のあるアイデアになってきます。そして、このシートをベースとしながら、さらなる実践のアイデアも生まれてきそうです。
アイデアは、すでに個々人の頭の中に存在している
アイデア分解構築シートは、自分のアイデアを人に伝えるときにも有用です。どのような構造でアイデアを考えたか伝わりやすいため、アイデアの議論がしやすくなったり、協働しながらアイデアを発展させていくときにも役立ちます。
以前、この「アイデア分解構築シート」を自治体の広報や企画関係者に向けての研修で使ったことがあります。そのときに、次のようなお題を出してアイデアを募りました。
「この地域で新しい【お祭り】をつくります。あなたの関心のあるテーマで自由に考えてみてください。それは、どんなターゲットのどんな課題に対して、どう寄与するお祭りになるでしょうか。【アイデア分解構築シート】を使いながら考えてみましょう」というものです。
すると、どうでしょう。20分しかワークの時間をとらなかったにもかかわらず、面白いアイデアが次々と生まれました。参加者に聞いてみると「これまでモヤモヤと考えていたことを構造的に説得力のあるアイデアにすることができた」という感想が出ました。
この例から紐解くと、アイデアはすでに個々人の頭の中に存在しているということです。それを、どう言葉にして、どう形にしていくかという道標があれば、アイデアを形にしていくことが容易になります。
問題意識もあって、十分に問題解決についての思考が深まっているときにこそ、この「アイデア分解構築シート」を使っていただければと思います。
(※本稿は『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社Que 取締役
クリエイティブディレクター/コピーライター
1979年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
2004年電通入社。コピーライターおよびコミュニケーション・デザイナーとして、日本サッカー協会、日本オリンピック委員会、三越伊勢丹、森ビルなどを担当。
2012~13年電通サマーインターン講師、2014~16年電通サマーインターン座長。新卒採用戦略にも携わりクリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッド開発を行う。
2017年に電通を退社し、ブランドコンサルティングファームである株式会社Que設立に参画。広告やブランドコンサルティングに加えて、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、まちづくり、人事・教育への広告クリエイティブの応用を実践している。
2018年から東京理科大学オープンカレッジ「アイデアを生み出すための技術」講師を担当。主な仕事として、マザーハウス、日本コカ・コーラの檸檬堂、ノーリツ、鶴屋百貨店、QUESTROなど。
受賞歴はカンヌライオンズ 金賞、ロンドン国際広告賞 金賞、アドフェスト 金賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。2024年3月に初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』を刊行する。