価値観が多様化し、先行き不透明な「正解のない時代」には、試行錯誤しながら新しい事にチャレンジしていく姿勢や行動が求められる。そのために必要になってくるのが、新しいものを生みだすためのアイデアだ。しかし、アイデアに対して苦手意識を持つビジネスパーソンは多い。ブランドコンサルティングファーム株式会社Que取締役で、コピーライター/クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の最新刊『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』は、個人&チームの両面からアイデア力を高める方法を紹介している点が、類書にはない魅力となっている。本連載では、同書から一部を抜粋して、ビジネスの現場で役立つアイデアの技術について、基本のキからわかりやすく解説していく。ぜひ、最後までお付き合いください。
どんな考えで、そのアイデアが生まれたのか?
アイデアを分析する目的は、いいアイデアから発想を得て自分なりに応用することや、それがライバル企業であれば、そのアイデアに対抗する手段を得るためです。
そのためには、アイデアの具体的な内容と結果を知るだけでは十分ではありません。そのアイデアを考え・実行した人が、どんな考えを持ってアイデアを生みだしたのかを知る必要があります。
そのために、その事例を分解して、どのような考え方に基づいてつくられたアイデアなのか、分析していきます。しかし、事例の多くは、結果だけしか見えていません。そのアイデアを生みだした方の頭の中を想像することは難しいです。
そこで、事例を「分解する」というアプローチをとるのが、前回も紹介した「アイデア分解構築シート」です。実際に、事例をこのシートに落とし込んでみましょう。
まず、P&Gの「Always」という海外で展開されている女性の生理用品などのブランドによるキャンペーンを取り上げてみます。これは、「LIKE A GIRL」というキャンペーンなのですが、知らない方がいたら、上記から動画を見ていただけたらと思います。この動画を基に、このシートにまとめていきます。
①アイデアのタイトル
まず、「①アイデアのタイトル」についてですが、キャンペーンの主体者やどんな名前のキャンペーンだったかなども記入しましょう。それとともに、どんなアイデアだったのかを簡潔に、ここでは記すようにします。私は「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を鮮やかにあぶり出し、意識変革を起こさせる」と言語化しました。
ここでは、アイデアをそのまま書くのではなく、少し抽象度を上げて書くようにすることが大切です。「LIKE A GIRL(女の子みたいに)」ということがアイデアそのものですが、そのようにまとめてしまうよりも、ステレオタイプ的な見方によって偏見や差別が再生産されている現状に対して異議を唱えたアイデアだ、と捉えることで、この事例を基に、違うアイデアを生みだすことができるからです。
私は、この事例を「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」に立ち向かうための示唆的な事例だと捉えました。
すると、いろいろな身の回りにある事象に応用可能だと思えたのです。
たとえば、雑務や飲み会の幹事などは若者の仕事と決まっているとの思い込みだったり、定時で帰る社員はやる気がないという思い込みだったり、身の回りには無自覚な偏見や差別というものが、数多くあります。
LIKE A GIRLとは逆に、ピンク色が好きな男の子がいて、ピンクのランドセルがほしいと彼が言っても、黒や青のランドセルを親が選ばせてしまうといったこともそうでしょう。このような身近にある無自覚な偏見を「鮮やかにあぶり出すアイデア」によって、偏見や差別の再生産を止める応用ができそうだと考えたのです。
②ターゲットと課題
続いて、「②ターゲットと課題」については、想像だけではわからなかったところもあるので、企画した人のインタビューや解説されているサイトなどを調べてみました。
すると、このAlwaysという商品は、30代や40代から圧倒的に支持されているけれど、特に20代前半の女性からは、機能面では優れていると認識されつつも、自分たち若者のブランドという認識は持たれておらず、「少し距離のあるブランド」と思われていたようです。
そこで、若者たちにとっても「自分たちのブランドである」という認識を持ってもらうという課題を持ち、ブランドとして持っている価値観を伝えるようなキャンペーンを行ったのです。
③どんなA→A’をつくるのか
ここから先は、具体的なアイデアを分解していきます。
「③どんなA→A’をつくるのか」ということにおいては、アイデアによって何をどう変えるのかを記載します。この事例では、個人を対象にするよりも、ここでは「社会」をどう変えたいかということが強いように思い、下図のようにまとめました。
④どんなインサイトに基づいたアイデアか
そして、その「A→」の間の部分に「④どんなインサイトに基づいたアイデアか」という項目があります。このインサイト(洞察)については、第5章の「いいアイデアとは何か」、で詳しく触れていますが、私は次のように定義しています。
人間の行動や態度の根底にあるホンネや核心などの【気づき】のこと。この事例では、この「女の子みたいに」という偏見は、男性だけでなく偏見の対象となっている女性の中にも存在しているというインサイトの発見が、アイデアの肝となっていると捉えました。
⑤アイデアの概要(結果)
最後の項目は「⑤アイデアの概要(結果)」です。私は、次のように書きました。
「大人と子どもそれぞれに『女の子みたいに○○して』という同じ質問を投げかけると、大きな差が表れた。子どもの女の子は、自分にとって最大限のチカラを発揮することなのに対して、大人の男性や女性、男の子が表現する『女の子みたいに』は、不器用で自信がないようすが含まれていた。このようにして、他者が無意識のうちに持っている偏見をあぶり出した。そして、女性の多くが思春期に自信を失うことに対して、社会全体として気づいて、どうエンパワーメントしていくべきか問題提起を行った」
このようにフレームワークに落とし込んでみると、企画をした方のアイデアを生みだすアプローチが、おぼろげながらにも見えてきます。
つまり、「アイデア分解構築シート」を使うと、企画をした方の考えるプロセス(頭の中)を「分解」しながらたどっていくことができるのです。
私は、このシートを使ってのアイデアの分解を「みんな」で取り組んでみることをおすすめしています。企画者ではない限り、事例分析の正解はわからないからこそ、想像を広げられるほど事例からの学びは広がります。同じ事例をみんなで分析することによって、自分では持たなかった視点や、気づかなかった視点を知ることができ、ひとつの事例から学べることも多くなります。
また、チームメンバーの嗜好や物事の捉え方の癖も知ることができます。それは、アイデアを持ち寄ったときに、どんな視点からアイデアを考えたのかを知る手掛かりとなるので、チームリーダーも含めて「みんな」で取り組んでみてください。
(※本稿は『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社Que 取締役
クリエイティブディレクター/コピーライター
1979年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
2004年電通入社。コピーライターおよびコミュニケーション・デザイナーとして、日本サッカー協会、日本オリンピック委員会、三越伊勢丹、森ビルなどを担当。
2012~13年電通サマーインターン講師、2014~16年電通サマーインターン座長。新卒採用戦略にも携わりクリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッド開発を行う。
2017年に電通を退社し、ブランドコンサルティングファームである株式会社Que設立に参画。広告やブランドコンサルティングに加えて、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、まちづくり、人事・教育への広告クリエイティブの応用を実践している。
2018年から東京理科大学オープンカレッジ「アイデアを生み出すための技術」講師を担当。主な仕事として、マザーハウス、日本コカ・コーラの檸檬堂、ノーリツ、鶴屋百貨店、QUESTROなど。
受賞歴はカンヌライオンズ 金賞、ロンドン国際広告賞 金賞、アドフェスト 金賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。2024年3月に初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』を刊行する。