こうすれば、為替レートのリスクをヘッジすることができる。そして株価が予想通りに値上がりすれば、株価上昇の利益だけを得られる。

 金利差による利益を狙うキャリー取引でもこのようなヘッジをすることはできるが、先物価格は金利差に相当するだけ円高になっているので、金利差による利益はちょうど打ち消され、結局、利益はゼロになる。

 それに対して株式投資の場合には、金利差を上回る値上がり利益を期待できるので、ヘッジ付き取引に意味があるのだ。

先物契約によって円安進める効果働かず
円高進行で株価下落を増幅

 外国人投資家による日本株への投資が為替レートに影響を与えなかった理由として考えられるのは、「投資時に借り入れで円資金を調達し、同時に、将来時点での円売りドル買いの先物取引を契約していた」ということだ。

 この先物取引の注文を受けた銀行は、次のように対応する。

1.直物市場でドルを売る。
2.直物のドル買いと先物のドル売りを行なう(これを、直・先スワップという)。

 この結果、直物市場では、ドルの売りと買いがスクエア(取引ゼロ)になり、先物ポジションだけが残る。こうして、銀行は顧客のドルの先物買い注文に応えることができる。この取引では、直物市場ではドルの売りと買いがバランスしているので、為替相場には影響を与えない。

 いま、外国人投資家はアメリカ人であるとしよう。現在の為替レートが1ドル=150円であるとし、日米の年利がそれぞれ0%と5%であるとすれば、先物レートは、1.05ドル=150円となるように設定される(これを「裁定レート」という)。

 この場合、いま150円を売って1ドルを得、5%で運用すれば、1年後の資産額は1.05ドルとなる。一方、1年後に先物契約を実行した場合にも、1.05ドルが得られる。つまり、1年後のドル建ての資産額は同じだ。

 だから、いまドルを売ることと、1年後に先物契約を実行することは、投資家にとっては同じだ。

 こうした外国人投資家のヘッジ取引が、今回の株価下落の局面で、日本株の価格変動を拡大したと考えられる。

 外国人投資家が単に円を買って日本株に投資をしていたのであれば、株価が下落したので日本株を売り、それによって得た円を売って自国通貨に戻る。これは、為替レートを円安方向に動かす。

 他方で、日米金利差が縮小するとの予想があるので、円キャリー取引の巻き戻しが進み、円高への動きが進む。しかし、外国人投資家が日本株を売却した際は円安圧力となって、円高をより緩やかにした可能性がある。場合によっては、円キャリー取引の巻き戻しの効果を覆して、円安を実現していた可能性もある。

 そして円安になれば、日本企業の利益が増大すると期待される。したがって株価の下落が緩和されたはずだ。

 ところが、実際には、外国人投資家は円を借り、かつそれを先物契約と組み合わせてヘッジして日本株に投資をしていたので、日本株売りが円安を進める効果は働かなかった。その意味では、外国人投資家のヘッジ取引が円高を進めた大きな要因になったと考えられる。

 そして、為替市場では円キャリー取引が巻き戻される効果だけが働いて、円高になった。それによって、日本企業の利益がこれから縮小するという予想が働き、株価をさらに暴落させたのだ。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)