キリンホールディングスは、化粧品や健康食品を手掛けるファンケルを買収する方針だ。だが、キリンのファンケルに対するTOB(株式公開買い付け)は投資ファンドの横やりなどで延長を迫られ、買収完了に“黄信号”がともっている。特集『ビール 最後のバブル』の#4では、ファンケル買収に象徴される、キリンが目指す脱・ビール路線の行方を占う。(ダイヤモンド編集部 下本菜実)
ファンケルTOBは2度目の延長へ
買い付け価格変更は最後と断言
かつて、キリンビールの新入社員研修には、“洗礼”ともいえる慣習があった。同社の40代社員は「ビール工場がある駅に着くと、先輩が改札の前で缶ビールを手に待っていた。新入社員は缶ビールをその場で飲み干し、拍手と共に迎えられた」と振り返る。1980年代中盤まで、キリンはビール市場のシェアの約6割をも握っており、ビール事業は同社の“魂”といえるものだった。
しかし、キリンホールディングス(HD)が今進めているのは“脱・ビール”ともいえる路線である。2020年10月、キリンHD前社長で現会長の磯崎功典氏が、ビールや清涼飲料の販売を行う「食」の領域や、医薬品メーカーである協和キリンが担う「医」の領域に加え、「ヘルスサイエンス」という第三の領域に事業を広げていく方針を掲げた。24年3月にキリンHD社長に就任した南方健志氏も、社長就任会見で「ヘルスサイエンス事業の成長に強い使命感を抱いている」と磯崎路線の継続を強調した。
キリンのヘルスサイエンス事業を象徴する看板商品が、免疫機能の維持に効果があるとされる独自素材「プラズマ乳酸菌」を配合したドリンクやサプリメントだ。自社や持ち分法適用会社であるファンケルでプラズマ乳酸入りの商品を製造。日本コカ・コーラなどほかの食品メーカーにも独自素材を販売している。
海外展開も着々と準備を進めている。23年8月には、アジア・オセアニアですでに存在感を示している豪大手サプリメント会社のブラックモアズを18億8000万豪ドル(約1700億円)で買収した。
ただ、ヘルスサイエンスの拡大はここにきてつまづきを見せている。持ち分法適用会社であるファンケルで想定外の事態に陥っているのだ。
24年6月、キリンHDは33%の株式を持つファンケルの完全子会社化を目指し、TOB(株式公開買い付け)による買収を実施すると発表した。ところが、その直後から、香港の投資ファンド、エムワイ・アルファ・マネジメントがファンケル株を買い増し、株価は上昇。キリンHDの買い付け価格である2690円を上回って株価が推移した。結局、キリンHDは2度のTOB期間の延長を余儀なくされたのだ。現在のTOBの期限は8月28日となる。買い付け価格は当初に比べ4%高い2800円に引き上げられた。取得金額は当初から100億円膨らみ2300億円となる見通しだ。
キリンHDがTOB価格を引き上げたことで、市場ではさらなる「お代わり」への期待が高まっている。そうした動きに対して、南方社長は、「TOB期間の延長は今回が最後」とくぎを刺すなどキリンHDと市場の神経戦が続いている。
では、そもそもキリンHDはなぜ2300億円もの巨費を投じて、ファンケルを完全子会社化する必要があったのか。実は、それはこれまで推し進めてきたヘルスサイエンス強化の動きに連動したものといえる。ただし、仮にファンケルの買収が完了すれば、キリンHDにとっては後退ができなくなることも意味する。次ページでは、キリンHDの真意を明らかにする。