三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。「なんで自分が…」「私に務まるだろうか?」会社員をしていれば、納得のいかない人事や無茶ぶり人事を命じられることもある。第115回は、そんな時の心構えを説く。
前代未聞の無茶ぶり人事
投資部の活動が両親にバレそうになり、主人公・財前孝史はその場を言い繕って難を逃れる。今後の対策を相談された主将の神代圭介は、歴代の先輩が秘密を守ってきたのを引き合いに「OBたちにできて俺たちがなんとかできないはずがない」と懸念を一蹴する。
長年サラリーマンをやっていれば、人事異動で「なぜ自分が」という仕事が回ってくることもある。そのとき「なんとかなるはず」と思えるかは大きな差を生む。
28年の日経新聞勤務で一番のサプライズ人事は、2014年に国際報道の担当デスクになったことだった。国際報道担当のデスクは知識と経験の蓄積が求められる難易度の高い仕事だ。まず世界中の政治経済ビジネス、紛争やテロまで扱うので守備範囲が異常に広い。
日々の紙面を作ること以外にも、企画を練って海外特派員に指示を出す、社内でプレゼンするなど仕事は多岐にわたる。おまけに時差を考慮して紙面を作る特殊な思考法と働き方が求められる。記者として海外で経験を積み、デスク業務にもある程度慣れた人間が配置されるのが常だ。
ところが、配属された時点で私は国際報道の経験がゼロだった。特派員経験も留学経験もない「純ドメ」で英語が流ちょうなわけでもない(今でもそうだ)。おまけにデスクをやるのも初めてだった。海外駐在未経験の新人デスクが国際報道を担当するのは前代未聞で、自分自身も周囲も「なぜこんな無茶な人事を」と首をかしげた。
案の定、異動後3カ月ほどはかなり過酷な日々だった。慣れないデスク業務をこなすだけでも大変なのに、ほぼ「はじめまして」の上司と部下との関係作りも必要だった。
海外支局の記者は電話のやり取りで顔すら分からず、ベテラン特派員から「素人は引っ込んでろ」という圧力を感じることもしばしば。同僚デスクに「君も気の毒だな」と同情された。
9割の楽観と1割の諦念
それでも周囲に助けてもらいながら必死でやるうちに、だんだんと仕事ぶりを認めてくれる人が増えて、半年くらいで何とか軌道に乗った。
マーケット担当記者として世界中の政治経済を常に横目で見ていたことにくわえ、個人的趣味で国際情勢や近現代史の本を幅広く読んでいたことが役に立った。「読書は身を助く」である。ここでデスクとして及第点に届いたことが後のロンドン駐在につながった。
この国際報道担当デスクへの唐突な起用は極端な例だったが、同じように異動で新しい分野を任され「自分にできるだろうか」と不安を感じたことは何度かあった。少しキャリアのあるビジネスパーソンなら身に覚えがあるだろう。
経験を積み重ねるうちに私が達した信念が「誰かがやれている仕事なら、一生懸命やれば、自分にだってできるはずだ」という仕事観だ。
アーティストやアスリートの代打は無理だ。でも、誰かに順番にお鉢がまわってくるような普通の仕事なら、努力と周囲の協力次第で何とかこなせるはずだ。そうでも思わないとプレッシャーで潰れてしまう。9割の楽観と1割の諦念のブレンドで開き直り、あとは人事を尽くすしかない。
来春に就任する千葉商科大学付属高校の校長職も、そんなモットーをもとにお引き受けした。私のnote「千葉商科大学付属高校の校長になります」にそのあたりの心境と仕事観について詳しく書いているのでご参照願いたい。