「好きなことを仕事にしたい」なんて甘い?→「たった3文字」の孔子の教えに胸がスッとした!『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第112回は「好きなことを仕事にしたい」という、あるあるな悩みについて取り上げる。

「好きなこと」で食えるのは一握りの人だけ?

 桂蔭学園女子投資部のメンバーは、衣料品通販大手ZOZO創業者の前澤友作氏を訪ねる。アート作品があふれるオフィスで、前澤氏はアートとファッションに傾倒するのは「好きだからやっている」と明快に語る。

「好きなことをやって生きていきたい」という思いは、もしかしたら若者よりも社会人の方が強いかもしれない。そして「誰もがそれで食っていけるほど甘くない」という諦念もまた、社会人の方が強いのだろう。実際、「好きなこと」を生業にできる人は一握りだが、それはただその人が才能と幸運に恵まれたからとは限らない。

「知好楽」と言う言葉をご存じだろうか。孔子の教えを3文字にまとめたもので、元は「これを知る者は、これを好む者に如かず、これを好む者は、これを楽しむ者に如かず」という論語の一節だ。現代語にするなら「ある物事を知っているだけの人はそれが好きな人には敵わない。好きなだけの人はそれを楽しんでいる人には敵わない」といったところか。

 報酬をもらうには、その仕事が誰かの役に立つ、平たく言えばニーズが必要だ。世間のニーズと自分の「好きなこと」の接点を見つけ出せば、単にその分野に詳しいというだけの人間よりも強みを発揮できる。好きなだけでなくプロセスまで楽しめれば最強だ。その道を見つけた人が「好きなことをやって生きている」といえる状態に辿り着ける。

「好きこそものの上手なれ」を超えるのは…

漫画インベスターZ 13巻P117『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 これは理想論ではなく差別化と競争力の話だ。「そうだったらいいのにね」ではなく「そうあるべきだ」という話とも言える。

 このコラムで度々引用するシリコンバレーの起業家ナヴァル・ラヴィカント氏にも「君がそれに100%のめり込んでいなければ、100%のめり込んでいる誰かに負ける。しかも僅差で負けるのではなく、大差で負けてしまう」という言葉がある。

 ラヴィカント氏の哲学はネットによって競争のステージが一体化したとグローバル時代の厳しさがにじむ苛烈なものだが、孔子の説く「知好楽」には、もう少し懐の深い知恵がある。「好きなだけの人より、楽しんでやる人の方が強い」という部分は、「楽しんでやれるなら、必ずしもその仕事を好きになる必要はない」とも解釈できるからだ。

「好きでもないことを楽しんでやれるわけがない」と思うかもしれないが、ある程度経験を積んだビジネスパーソンなら、個人的好みを別にして楽しめる仕事や働き方があるのをご存知だろう。ごく稀だけれど、上司から降ってきた気乗りしない案件でも、取り組むうちにラヴィカント氏が言うように100%のめり込んで良い成果が出ることはあるものだ。

「好きこそものの上手なれ」を超えるのは「楽しいこそものの上手なれ」なのだ。

「好きなこと」で食えていないからといって、不本意な仕事をこなしていると悲観する必要はない。若い頃には好きなこと、やりたいことの輪郭が自分自身でもはっきり分からないケースも多いだろう。まずは目の前の仕事を楽しみ、のめり込んでみてはどうだろうか。その先に、世間のニーズと自分の「好きなこと」の接点が見えてくるかもしれない。

漫画インベスターZ 13巻P118『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 13巻P119『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク