インベスターZで学ぶ経済教室『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第113回は、株価の値動きを表す最強の法則「コツコツドカン」を紹介する。

「ドカンが来る」相場急落の法則とは?

 道塾学園投資部の緊急ミーティングで主将の神代圭介は「『ドカン』が来る」と相場の急落を予言する。神代は投資部に伝わる「コツコツドカン」という経験則を最強の格言として主人公・財前孝史に説明する。

 コツコツ上昇してドカンと下がる。主将の神代は日本の株式市場はこの繰り返しだと語る。つい最近、歴史的な日経平均株価の暴落を体験した我々には身に染みる言葉だろう。

 実はこの「コツコツドカン」は株価に限らず様々なマーケットに共通する性質だ。しかも短期、中期、長期のいずれにもおおむね当てはまる。その裏側にはマーケットとリスクの本質が潜んでいる。

 さまざまなマーケットに共通した性格があることは、値動きをグラフ化したチャートを見比べてみると分かりやすい。株価指数や個別株、原油などの商品相場、長期金利などまったく性格が違うはずのマーケットでも、チャートのパターンはとてもよく似ている。

 しかも、期間を変えてもそのパターンは崩れない。試しに値動きになじみのない個別銘柄の日足チャートと月足チャートを見比べてみてほしい。どちらが短期でどちらが長期か見分けがつかないはずだ。

リーマン・ショックで的中した「禁断」の予言

漫画インベスターZ 13巻P139『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 流動性が十分に高いマーケットのチャートは「フラクタル(自己相似)」という構造を備えている。フラクタルは図形の部分と全体が相似形になっている。

 典型例はブロッコリー。大きな塊からカケラをひとつちぎるとミニブロッコリーが現れる。そのまたカケラもミニ・ミニブロッコリーに見える。株価チャートが短期と長期で見分けがつかないのも、ブロッコリーのように全体と部分が入れ子構造のような特殊な相似性を持っているからだ。

 フラクタル幾何学の創始者ベノワ・マンデルブロの『禁断の市場 フラクタルでみるリスクとリターン』はフラクタル性に着眼して市場の本質を分析した名著だ。マンデルブロの名は謎めいた図形「マンデルブロ集合」でご存知の方が多いかもしれない。

 マンデルブロはフラクタル幾何学の知見を活用して、マーケットが標準的な金融理論の想定よりはるかに「ワイルドなランダムさ」を備えていることを明らかにした。つまり「コツコツドカン」のような極端な値動きがマーケットの常態だというのだ。

 マンデルブロが唱えるマーケットの特性を列挙してみよう。

 価格は不連続にジャンプし、乱高下する。標準的な金融理論ではあり得ない変動が起きる。タイミングが極めて重要であり、巨額の利益と損失は短期間に集中して起きる。市場は不確実でバブルは避けられない。いつでもどこでも市場は同じように振る舞う。市場は人をだます。

 2004年発刊の『禁断の市場』は標準的な金融理論に基づいたリスク管理モデルは極めて危険で、マーケットのリスクを正しく反映していないと危惧していた。その警鐘から数年後、リーマン・ショックが世界を揺らし、マンデルブロの予言は的中した。

 最近の暴落が示したように、マンデルブロの指摘したマーケットの本質は今でも通用するし、今後も変わらないだろう。プロでも手に負えない難物と個人投資家が向き合うには「分散・長期・積立」でリスクを抑えるくらいしか手はないと私は考える。

漫画インベスターZ 13巻P140『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
141『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク