だが、私はどうもそれだけではないような気がする。笠置のピンチ(松竹のピンチ?)と同様に、服部のピンチでもあったのではないか……。服部はこのとき、自分のジャズを完成するためにどうしても必要な歌手・笠置シヅ子を失いたくないという強い思いが働いたと私は見ている。

 だがもう1つ服部は、笠置が益田貞信の誘いに心を動かされた事実を知ったのも確かだ。そのとき、服部はどんな思いだったのだろう。服部と益田は同じジャズを志す音楽人だが、考えてみれば生まれも育ちもまったく対照的だ。それを意識したかどうかは別として、とにかく服部は愛弟子を必死で説得し、東宝から(もしくは旧知だった益田貞信から)奪還したのである。

 ちょうどこの直後、明らかに松竹の東宝への“笠置の件の報復”の意味で、SGDの大谷博が宝塚歌劇の演出家・白井鉄造を引き抜こうとしたが、白井が応じなかったため失敗に終わっている。