ごく一部の人たちの性的嗜好だと思われている「寝取られ」だが、実は誰もが知るような歴史の偉人たちも、寝取り寝取られの経験者だった。例えば、谷崎潤一郎は、妻を関係者全員の合意の元、友人へ譲渡しているのだ。教科書には決して描かれない文豪の素顔に迫る。本稿はヨコタ村上孝之『道ならぬ恋の系譜学 近代作家の性愛とタブー』(平凡社)の一部を抜粋・編集したものです。
関係者全員の了解を取った後に
妻を友人に「譲渡」した谷崎潤一郎
「大谷崎」とも称された稀代の作家谷崎潤一郎は、私生活では自分の妻の妹と関係したり(それも同じ家に住みながら)、人妻に恋慕して奪ってしまったりとか、ずいぶん大胆かつ放恣な生き方をしてきた。
その中でもとくに悪名高いのは最初の妻千代を友人佐藤春夫に、関係者すべての合意のもとに譲り渡すという、いわゆる「細君譲渡事件」である。
女性をあたかもモノのように譲ったり、もらい受けたりするというのは、合意があろうとなかろうと、やはり人の眉を顰めるところで、批判は強い。
当時の世間もそのように思ったようで、たとえば、新潮誌上で企画された、この事件をテーマにした文学者やジャーナリストたちの座談会では、評論家新居格は「谷崎君の談話の中に、あゝいふ物件譲渡的の口吻があつたことが、事情はどうあれ、宜くない」と難じている(120頁)。
ジャーナリストの鈴木文史朗も同じ問題意識で、「結果に於て物品の譲渡といふことになつたといふことが、一般の道徳観念から見ると……」と言いかけて、久米正雄が「佐藤君の方は物品を譲受けたといふ気持ちはない」と擁護したのに対し、「それはないでせうが、世間がさう見る」と反論している(122頁)。