アップル、マイクロソフトと世界の時価総額ランキング1位を争い、誰もが知る企業となったエヌビディア。「半導体」と「AI」という2つの重要産業を制し、誇張ではなく、米国の株式市場、そして世界経済の命運を握る存在となった。しかし、その製品とビジネスの複雑さから、エヌビディアが「なぜ、これほどまでに強いのか?」については真に理解されているとは言えない状況だ。『The Nvidia way エヌビディアの流儀』は、その疑問に正面から答える、エヌビディアについての初の本格ノンフィクションである。
今回は同書より、エヌビディアを起業したばかりの3人が、当時「世界最高のベンチャーキャピタリスト」の名をほしいままにしていたセコイア・キャピタルの創業者、ドン・バレンタインとどのような会話をしたのかを紹介する。サッター・ヒル・ベンチャーズなど他の投資家との交渉を経験して迎えたバレンタインとの面談だったが、3人は薄氷を踏む思いをすることになる。

シリコンバレーPhoto: Adobe Stock

「君たちは何者なんだ?」

 サッター・ヒルとの前向きな面談は、2日後に迫る大きな試練、つまりセコイアのドン・バレンタインへの売り込みにとっては幸先のよいスタートに思えた。エヌビディアはまだバレンタインに見せつけられるような独自のチップを開発していなかったが、ゲートウェイ2000のPCで動作するようハッキングしたサンのGXグラフィックス・カードを試作品として披露することならできた。このチップはすでに4年物だったが、いまだにほかのどの市販のウィンドウズ・グラフィックス・カードよりもはるかに高性能だった。その実証のため、彼らは『ゾーン5』の20分間のデモを行なうことにした。それも、標準的なモニターを使ってではなく、別のスタートアップ企業が製造した初期のバーチャル・リアリティ・ヘッドセットを通じて。その派手なグラフィックスだけでも、売り込みを成功させるには十分だろう、と思ったのだ。

 3人が知らなかったのは、バレンタインが大の製品デモ嫌いである、という事実だった。そのセコイア創業者は、売り込みを受けた経験が豊富だったので、起業家は総じて自分たちの技術を見せびらかすのが大好きなこと、常にプレゼンテーションが得意なことを知っていた。しかし彼は、華やかな製品よりもいっそう大事なのは、製品の潜在市場や競争力に対する深い理解だと考えていた。エヌビディアの共同創業者たちは、みずから掘った墓穴にはまり込もうとしていた。

 サンド・ヒル・ロードにあるセコイアのオフィスで3人を迎えたのは、最近ジュニア・パートナーに昇進したばかりのマーク・スティーヴンスだった。元インテル社員の彼は、今や社内で半導体の専門家の役割を任っていた。スティーヴンスに木製のパネルをあしらった薄暗い会議室へと案内されると、3人はさっそくデモの準備を行なった。デモが終わると、バレンタインはスタートアップ企業を見定めるお得意のスタイルへとギアを入れ替えた。創業者たちの専門知識だけでなく、プレッシャーにさらされたときのふるまいも確かめるため、3人を質問攻めにしたのだ。マラコウスキーはのちに、バレンタインが「裁判を開いている」かのようだったと語った。

「君たちは何者なんだ?」とバレンタインは3人に訊いた。「ゲーム機メーカーか? グラフィックス企業か? オーディオ企業か? どれだ?」

 一瞬、プリエムは固まった。そのあと、答えを吐いた。「そのすべてです」

 するとプリエムは、バレンタインが挙げた機能をすべて計画中の1枚のチップへと統合する方法について、長々しくマニアックな説明を始めた。NV1の可能性に関する彼の説明にウソはいっさいなかったが、彼のまごついた回答はあまりにも濃密すぎて、エンジニアにしか理解できなかった。プリエムにとって、その計画は3人の野心と専門知識の証だった。自分たちなら、同時に複数の市場に対応するチップを開発し、設計をそこまで複雑化することなくチップの持つ可能性を広げることができる。だが、バレンタインの目には優柔不断に映った。

「どれかひとつを選びなさい」とバレンタインはきっぱり言った。「自分が何者なのかわからなければ、まちがいなく失敗する」

 次に、バレンタインはエヌビディアの10年後の未来像をたずねた。「I/Oアーキテクチャを制覇してみせます」とプリエムは答えた。またしても、彼はビジネスの質問に対してエンジニアの答えを返した。プリエムの目には、エヌビディアの次世代のチップがグラフィックスだけでなく、サウンド、ゲーム・ポート、ネットワークといったほかのコンピュータ基板の処理まで高速化させる未来が映っていた。しかし今回も、セコイア側はひとりとして彼の答えを理解できなかった。マラコウスキーによれば、共同創業者である彼自身やジェンスンさえも困惑していたという。

 すると、スティーヴンスが割って入り、話をより実務的なレベルに引き戻した。エヌビディアは実際に自社の設計したチップをどの企業に製造してもらうつもりなのか、と彼はたずねた。3人は「SGSトムソン」だと答えた。つい最近、大幅なコスト削減とシンガポールやマレーシアへの生産のアウトソーシングによって倒産を免れたばかりのヨーロッパの半導体企業だ。この答えを聞くなり、バレンタインとスティーヴンスは顔を見合わせ、首を振った。ふたりはより評判のいい「台湾積体電路製造(TSMC)」との協力を望んでいた。

 ジェンスンは会話をバレンタインが好む市場ポジションや市場戦略の話題へと引き戻そうとしたが、今や彼自身が質問攻めに動揺し、エヌビディアのチームがひとつとしてまともな答えを返せないことに焦りを感じていた。結局、セコイアから融資の約束を得られないまま、面談は終了した。

「私の売り込みは最悪だった」とジェンスンは失敗の全責任を自分で引き受けて言った。「自分が何をつくろうとしているのか、誰のためにつくろうとしているのか、なぜ成功できるのかをうまく説明できなかった」

 面談のあと、バレンタインとスティーヴンスは今さっき聞いた内容について話し合った。確かに3人は優秀だし、PCプラットフォームに3Dグラフィックスを届けるというビジョンには将来性もある。自分たちはゲーマーではなかったが、セコイアは株式公開したばかりのコンピュータ・ゲーム会社「エレクトロニック・アーツ」に投資して大儲けしていた。また、同社は2Dグラフィックス・アクセラレータ・チップのメーカー「S3」にも投資していた。エヌビディアの共同創業者たちはS3に勝てると断言していたから、この市場が有望であることは明白だった。さらに、バレンタインはハイエンド向けグラフィックス・ワークステーション市場を席巻する「シリコングラフィックス」への投資を見送ったことを後悔していた。

 セコイアは6月中旬にもう2回、エヌビディアの共同創業者たちと会った。そして、最後の面談で投資を決めた。

「ウィルフが君たちに金を渡せと言っている。君たちの話を聞くかぎり、そうするのは本意ではないが、金を出そう。ただし、もし私の金をムダにしたら命はないものと思え」とバレンタインはエヌビディアのチームに釘を刺した。

 月末、エヌビディアはセコイア・キャピタルとサッター・ヒル・ベンチャーズから100万ドルずつ、計200万ドルのシリーズA資金調達に成功した。

 こうして、エヌビディアは初代チップを開発し、社員たちへの給与支払いを開始するのに十分な資金を手に入れた。それはジェンスン、プリエム、マラコウスキーにとって身の引き締まる瞬間だった。彼らはビジネス・プランやデモではなく、3人の高い評判のおかげで資金調達に成功したのだ。それはジェンスンにとって決して忘れられない教訓だった。「ビジネス・プランを書くスキルが未熟でも、評判が勝ることもあるんだ」と彼は語った。