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三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第167回は「私立高校」無償化への批判に反論する。
東京・大阪の「無償化」の波が全国へ
藤田家の御曹司・慎司は3000億円の資産を元手に貧困家庭向けの無償教育を実現すると語る。投資部現主将の神代圭介はそれは藤田家の資金で賄うべきであり、歴代部員が築いてきた資産を横取りする権利は誰にもないと反論する。
私立高校を含めた高校授業料の無償化が大きく前進する見通しだ。自公両党と日本維新の会の合意によると、2025年度から約12万円の現状の就学支援金の所得制限が廃止され、26年度からは支給上限額が約46万円に引き上げられる。東京と大阪で先行した無償化の波が一気に全国に広がる。
私は4月から私立高校である千葉商科大学付属高校の校長に就任する。無償化の「恩恵」を受ける立場だが、この文章ではあくまで一個人としての見解を書く。
前回書いたように「全ての教育は無償であるべき」が私の長年の持論だ。機会の均等や格差解消、少子化問題への処方箋といった視点は前回に触れたので、今回は高校無償化、特に私立高校を対象とする支援金の大幅増額への批判について考えてみたい。
日経新聞と日本経済研究センターのアンケートでは、経済学者の7割は私立高校への無償化拡大に反対しているという。賛成は1割強にとどまる。公立高校の弱体化、安易な授業料の値上げといった私立の経営規律の緩みなどを懸念する経済学者が多い。それぞれごもっともな指摘だと思う。
反対意見のなかで違和感を持ったのは「政策としての優先度が低い」という声だった。教育分野に優先すべき課題がたくさんあるのは事実だろう。アンケートへの回答では英語教育の充実、DX、公立高校の質向上、小中を含めた教員の待遇改善などが挙げられている。
理解に苦しむのは「だから無償化には反対」というロジックだ。対応が急務の政策があるなら、無償化と同時並行でさっさと実行すれば良いではないか。
教育投資は「拙速」でいい
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限られた財源を「賢い支出」に回すいわゆるワイズスペンディングは、財政拡大余地の乏しい日本には欠かせない発想だ。
しかし、こと教育に関しては、効果があると思われる投資は拙速でも良いからやれることからやった方がいい。長期で経済・社会全般に高いリターンが見込める教育は、他の財政支出項目に比べてワイズスペンディングとなる期待値が高いからだ。
日本の対教育財政支出はGDP比3%程度とOECDの平均の4%強を大幅に下回る。高齢化による社会保障費の増大などの影響のためだが、現状が「投資不足」なのだとしたら、追加でリソースを投入する効果は大きいはずだ。
「拙速でも良い」のは人口構造を考えると投資の決断は早ければ早いほど良いと思うからだ。無償化は少子化・人手不足という日本の最大の課題に一石二鳥の効果が見込める。
教育コストの引き下げは子育て世代へのサポートになる。働き手が減るなか、一人ひとりの生産性を高めることが急務なのは言うまでもないだろう。
教育の投資効果は世代から世代へ、複利で積み重なっていく。社会にとって教育ほど「割の良い投資」はないと私は信じている。私のnote「高校無償化批判と『賢い支出』幻想」もあわせて読んでもらえると幸いだ。
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