トランプ関税の影響で株価が乱高下している。投資を始めた人も、これから始めようとしている人も心穏やかではないはずだ。こんなとき、どうすればいいのか?
アドバイスをくれたのが、いまや経営学の古典となった『ストーリーとしての競争戦略』の著者で一橋大学の楠木建特任教授だ。氏は大変な読書家で書評家としても知られる。
今回、楠木教授が推薦するのが話題のベストセラー『THE ALGEBRA OF WEALTH 一生「お金」を吸い寄せる 富の方程式』(スコット・ギャロウェイ著/児島修訳)だ。
なぜ、今、この本なのか。楠木氏の特別寄稿第3弾をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

当たり前なのに抜群に説明がうまい
スコット・ギャロウェイの『一生「お金」を吸い寄せる 富の方程式』が提示する「富の方程式」は次の通り。
――右辺の前半は収入、後半は支出と資産運用に相当します。
フォーカス:まずは仕事に集中して収入を高める
ストイシズム:無駄遣いをしない節度ある生活を送る
時間:複利の力を活かした長期的な投資戦略を採用する
分散投資:リスクを減らす
ということで、一つひとつはいたって当たり前のことばかり。
しかし、著者は抜群に説明がうまい。その記述にはいちいち納得しますし、読んでいて飽きません。
よくあるパーソナルファイナンスの本ではありません。
ここに本書の美点があります。
ストイシズムで一番大切な美徳とは?
「節約のためにクレジットカードを今すぐ捨てろ」
というような小手先のアドバイスはない。
短期的にどうお金を貯めて増やせばいいかだけに特化したマネー本ではないということです。
著者は長期的な視点からお金に対する構えを説きます。
ベースになっているのはストイシズム。ストア派哲学の伝統的な考え方です。
ストイシズムの中核にある概念は人格と行動の相互作用です。
行動がその人の人格を反映するように、人格もまたその人の行動の産物です。
この二つをセットで考える。
人格と行動の相互作用は、悪循環か好循環のどちらかになります。どちらに転がるかで人生が大きく変わってくる。
ストイシズムは4つの美徳を重視します。
勇気、知恵、正義、自制です。
自分の力の及ばない外的なものと、自分のコントロール下にあり選択できるものに問題を切り分ける能力――これが知恵です。
これは僕も大いに気に入っている定義です。
著者のギャロウェイは自制を最も重要な美徳だと考えています。
現代人が最も試されているものだからです。
「愚か者」と「金持ち」の決定的な習慣の違い
幸福の鍵は人生に何を期待するかにある。
スマートフォンを手にするたびに、SNSやネットニュースは裕福な暮らしの素晴らしさを囁きかけてきます。
愚か者は擬似的な富を見せびらかします。
1%の金持ちとの生活格差が毎日目の前に投げかけられる。
自分が手に入れたものではなく、まだ手に入れてないものばかりを見るように仕向けられるわけです。
SNSは人類史上最大の富の破壊者であり、人生の大切な時期にいる若い人たちから仕事や現実の人間関係に費やすべき貴重な時間を奪っている。
余暇活動の中で最悪であり、「富のポルノ」に等しいと著者は言います。まったく同感です。
衝動的に判断を下さず一呼吸置くことを意識する。
外界で起こる出来事はコントロールできないが自分の心はコントロールできる。
刺激と反応の間には空間がある。その刺激に対してどんな反応をするかを選択できる。この反応の中に私たちの成長と自由がある――要するに人格と行動の相互作用を習慣化することが大切だということです。
怒りが消えていく効果的な習慣とは?
習慣がその人のアイデンティティになります。
消費だけでなく、感情を爆発させたり、人を貶めたり、被害者意識を持ったりするなど、あらゆる浪費や不摂生への対処策として習慣の鍛錬は有効です。
ストイシズムの怒りに対するアプローチの話がイイ。
怒りの種に対して無関心になる習慣を養うのが大切だということです。
僕も「怒るな、悲しめ(もしくは面白がれ)」をモットーにしています。
いくつも起業している著者は起業家時代にセコイアキャピタルとの数年間に及ぶ争いに疲れ果てていました。
その時に友人に言われた言葉が、
「スコット、最高の復讐は良い人生を送ることだよ」
――最高のアドバイスです。
(本書は『THE ALGEBRA OF WEALTH 一生「お金」を吸い寄せる 富の方程式』に関する書き下ろし特別投稿です)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座・競争戦略およびシグマクシス寄付講座・仕事論)
専攻は競争戦略。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022年、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年、日経BP、杉浦泰氏との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)などがある。