トランプ関税の影響で株価が乱高下している。投資を始めた人も、これから始めようとしている人も心穏やかではないはずだ。こんなとき、どうすればいいのか?
アドバイスをくれたのが、いまや経営学の古典となった『ストーリーとしての競争戦略』の著者で一橋大学の楠木建特任教授だ。氏は大変な読書家で書評家としても知られる。
今回、楠木教授が推薦するのが話題のベストセラー『THE ALGEBRA OF WEALTH 一生「お金」を吸い寄せる 富の方程式』(スコット・ギャロウェイ著/児島修訳)だ。
なぜ、今、この本なのか。楠木氏の特別寄稿第4弾をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

【新常識】今はダメでも将来「富」が増え続ける「たった2文字」のマインドセットとは?Photo: Adobe Stock

「夢を追いかけてはいけない」理由

ギャロウェイの『富の方程式』では、まずは熱心に働き充分な収入が得られる能力を身につけることが前提となります。

そのためには「もっとも大切なことにリソースを集中させるべき」というのが著者の主張です。

どんな仕事でも、一人前になるには数十年にわたる努力が必要です。
ハードワークはキャリアを前進させる。しかしフォーカスがなければタイヤは空回りするばかり。

そこで著者は「夢を追いかけてはいけない」と言います。
「夢を追い求めろ」という人は決まってすでに金持ち。しかも鉄鋼業などの地味な産業で財を成している人が多い――その通り。

なすべきことは夢を追いかけることではなく、自分の能力を発揮できる仕事を見つけ、忍耐強く技能を磨き、道を極めることだというのが著者の見解です。

税法に夢を抱く子どもはいない。それでも、懸命に努力して誰にも負けないほど税法に詳しい税理士になれば報酬を得ることができる。情熱は後からついてくる

「夢を追いかけろ」とアドバイスが最悪なのは、肝心の「夢」がほとんどの人にとってわからないということにあります。

自分が本当にやりたいことより世間から期待されていることをやろうとしているだけのことが多い。
浅薄な「夢」を追い求めると、供給が需要をはるかに上回る職業を目指すことになる。
たとえば、俳優やミュージシャンといった職業です。
月間再生回数が100万回に達したYouTuberも年間収入はわずか1万5000ドルだそうです。

楠木式「才能」の新定義

才能とは、他人にはできない(またはしようとしない)があなたにはできる何か。
情熱とは優れた人生設計の結果として生じるものでありその逆ではない。
つまり、

才能+フォーカス→熟達→情熱

というのが著者の考える因果関係についての論理です。

この考えに対して僕は半分賛成で半分反対です。
確かに「夢を追い求めろ」がだいたいダメになるというところは僕も同意見です。

「情熱」というほどのものはなくてもイイ。
それでも、「優れた人生設計」よりもそのことがスキであることが仕事の起点にあるべきだというのが僕の考えです。
つまり、

スキ→才能+フォーカス→熟達→(ますます)スキ=情熱

というのが僕のバージョンです。

この点以外については、僕はだいたいにおいて著者と気が合います。
例えば、コンサルタントは20代向けの仕事だという話。
どんなにAIが進化しても、コンサルティングは労働集約型の職業です。
クライアントの優先事項やスケジュールに従わなければならない。長時間拘束される。家族と過ごす時間が少なくなる。精神的負担が大きい。コンサルティングよっぽどスキな人は別にして、まだ明確なキャリア目標がない人のための仕事です。

何を動機に働けばいいのか

何を動機にして働くか、という話もイイ。
人生は旅であって目的地ではありません。
良い結果を得るには目標設定のことは忘れ、自分の仕事に集中するに若くはなし。よい仕事ができていることそれ自体が報酬です。
日々自分を向上させ小さな成功を積み重ねていけば十分。そのうちにだんだん熟達します。

僕のスキな映画監督のマーティン・スコセッシはこう言っています。

「夢を追いかけろ、と言うつもりはない。この言葉は感傷的な価値観を押し売りしているようで好きではない。感傷的である以前に、的外れだ。将来の夢を描いて、その夢ばかりに集中していたら、追いかけている過程を軽視することになる。実はその過程にこそ価値がある」
――過程に喜びを感じ、過程そのもので報われる
そうした人生には定義からして負けはありません。

(本書は『THE ALGEBRA OF WEALTH 一生「お金」を吸い寄せる 富の方程式』に関する書き下ろし特別投稿です)

【執筆者】楠木建(くすのき・けん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座・競争戦略およびシグマクシス寄付講座・仕事論)
専攻は競争戦略。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022年、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年、日経BP、杉浦泰氏との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)などがある。