AIを使わない理由は「スキル」ではなく「価値観」

――社内にAIを推進していくうえで、ネックになった部分はなんでしたか?

 多くの人は、「AIが使われないのはスキル的な問題だ」と思いがちです。「使いこなせない」「うちの社員はITに弱い」みたいな話がよく出てきます。でも、本質はそこじゃないんですよ。スキルの話って、ほぼいらないと思っています。

 たとえばですが、エンジニアだからといって全員が全員、生成AIの活用にポジティブなわけではなく、取組前のイメージと違っていました。もちろんスキル的には使えるんですけど、コード生成なんかは「自分で書いた方が速い」と言って使わない人もいますね。

 だから本質的にはITスキルの問題じゃなくて、「新しいものを取り入れることに前向きかどうか」とか、「多少遠回りしても、新しい発見を優先できるか」とか、そういった価値観やカルチャーの問題だと思っています。

 つまり生成AI推進における最大のネックは「人」であって、私の感覚では組織変容とか、人事、経営の文脈に近い。「AI推進をしています」と言うと、たまに「技術のこと全然わかってないじゃん」と突っ込まれるんですけど、社内推進に必要なスキルはそこじゃないと思っています。

最初の数ヵ月は「何でもやります」と、ほぼ土下座スタイル

 なので社内にAIを推進する上で、最初にやるべきは「信頼してもらうこと」だと考えました。

 外から来た人間がいきなり「やり方を変えましょう」と言い出したら、誰だって身構えますよね。「なにしに来たの?」「どうせ現場のことわかってないんでしょ」みたいに思われる。

 とくに私の場合はもともと私のことを知っている人も社内に多かったので、なおさらだったかもしれません。「社長やってたからって、調子に乗ってんじゃないの?」「どうせ仕事なんてできないでしょ」みたいな目もあったと思います。

 しかも、私は役員でもなんでもなく“平社員”(所属や役職も謎!)として入社しました。なので生成AI推進にあたって最大の問題は、「邪魔な人」として排除されてしまうこと。それだけはなんとしても避けたいと考えていました。

 だから最初の数ヵ月は、とにかく「皆さんの役に立ちます♡」っていうスタンスで動いていました。AIとか関係なく、どんな雑用でも全部やる。もはや土下座するくらいの気持ちで(笑)。

 実際、直接悪口を言われたり、詰められたりすることもありました。社員が数千人もいると、そりゃ色んな人がいますからね。だから、「この人はいてもいい」「むしろ、いた方が得だ」と思われないと、絶対に排除されると思っていました。だから、どんなプライドも全部捨てて、まずは信頼を勝ち取ることに集中してました。

AI時代を前提にしない組織運営なんて「考えられない」

――信頼関係を作ったあと、変化は見えてきましたか?

 はい。少し経つと全社の相談がまず私に集まってくるようになりました。
 どこかでツール導入が止まったり、迷ったりすることも減って、スムーズに回り始めた感じがあります。

 詳細は話せませんが、ちょうどここ最近、入社時の目標を達成し、自分としてやるべきことはやったという結果になりました。
 この約1年間はしんどいことも多かったですが、最初の大変な時期は超えたかなと、いったんの区切りを感じています。

 AIは使い方次第で、働き方も、組織のあり方も、場合によっては経済活動そのものも変えていく可能性がある。だから、組織や事業のロードマップにAIの影響を盛り込まないなんて考えられないと思うんです。

(本稿は、書籍『AIを使って考えるための全技術』に関連したインタビュー記事です)