映画監督・脚本家の長久允氏の著書、『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』の刊行を記念して、マルチタレントの佐伯ポインティ氏との対談イベントが、青山ブックセンター本店で開催されました。「あの日の『恥ずかしい失敗』も救われる?」「イレギュラーな人生のおもしろがり方」と題して繰り広げられたイベントの模様を、全3回でお届けします。(文/飯室佐世子、撮影/武田浩明)

脚本の教室

前回≫「個人的な話こそが、誰かの心に刺さる」なぜ狭山市の女子高生がアメリカ・ユタ州のマダムに共感されたか【長久允×佐伯ポインティ(1)】

「悲しすぎる」ときこそ書いてみる

長久允(以下、長久):ポインティさんなら、絶対おもしろい脚本が書けそうだって思うんですけど、脚本ってどうですか??

佐伯ポインティ(以下、佐伯):僕、訴えたいことが薄いんですよね。それよりは、誰かのその声を受け取ったり聞いたりするのが好きで。

 長久さんは、脚本を書くこと自体がセラピーだって本の中に書いてましたよね。

長久:そうそう。脚本を書くって行為は、過去の自分の体験を、書き手である現在の自分がエンターテインメント化しながら客観視していく作業なんです。

佐伯:へえぇ。

長久:自分の中で「これはおもしろがっていい」、という作業を踏んでいく。その行為自体にセラピー的な効果があると思っていて。

佐伯:悲しすぎて生きていけないってなったときに、なんとか客観的に捉えるために書く、みたいな。

長久:ひどく辛いことをそのまま書いたとしても、書くことで過去に置いていけるんですよね。

 作品にしてお客様に届けるという楽しさとは違う、自分の人生をサバイブしていくためのツールとして、脚本は機能的だなあって思う。

佐伯:人生をおもしろがるコツだ!

長久:そう! だから、みんなに書いてほしい!!!! って思うんですよね。

佐伯:な~るほど。今日、ずっとそれ言うイベントなんだ。

長久:言う。

佐伯:それはもう、妖怪「脚本書かせ」。

観客:(笑)。

脚本の教室

「共感よりも観察」で相談に乗っている

長久:ポインティさんはさ、いろんな人の人生の悩みを聞くじゃないですか。いい感じに返してくれるじゃないですか。
 なんでそういう捉え方ができるんですか?

佐伯:そうですね、おもしろがり力が育まれたのは、フィクションが好きすぎたからだと思うんですよね。
 テレビを見ている時の第三者的な目線、あの感覚がベースにあって。

長久:客観的なんだ。

佐伯:共感しようとせずに聞いてるからですかね、人の話っておもしろいじゃないですか。

 第三者の目線で観察してるから、いろんな捉え方ができるし、平坦な話っぽくても、掘っていくのが好きなんです。

*第3回は4/30(木)公開予定です。