実際に起きた不審死事件がベース
女の死刑が確定した年に刊行される

 本作は日本に長く暮らす人であれば誰でも知っているであろう、実際の事件を下敷きにしている。2007年から2009年にかけて発生した「首都圏連続不審死事件」で、一人の女と交際していた複数の男性が次々と不審死を遂げた事件だ。

 当時のメディアはこの女の容姿や経歴を盛んに書き立て、世論の関心も「なぜこの女が、複数の男性から『婚活詐欺』のようなことができたのか」だった。

 17年4月に最高裁で死刑が確定しており、『BUTTER』はちょうどこの月に刊行されている。ただ、海外でのヒット理由は、この事件そのものに関心が集まったからではないだろう。

 この事件について海外で大きく報じられていたわけではないし、本作自体、この事件の詳細を描写したり、真相に迫ったりというものではないからだ。あくまで実際の事件から着想を得て、日本社会を活写しているに過ぎない。

 柚木さん自身がインタビューで言及しているのは、翻訳者であるポリー・バートンさんのカリスマ的人気と、海外での日本の女性作家ブームだ。

 そのポリー・バートンさんは自身へのインタビューの中で、10年以上前は(海外の)編集者はみな「次の村上春樹」を探していたが、近年では「特に日本人女性作家によるフィクションには高い関心が寄せられています」と言い、「もはや『一時的なブーム』と呼ぶには長く続き過ぎていると思います」とも強調している。

 インタビュー中で名前が挙がっている柚木さんと同世代の女性作家は、松田青子さん、津村記久子さん、小山田浩子さんらだ。

 彼女らは国内でもそれぞれ文学賞を受賞し評価が高いが、いわゆる売れ筋のエンタメ小説ではなくなかなか大ヒットというまでには至っていない。しかし海外の読書家から根強く支持されているのは事実のようだ。

 イギリスでの日本人作家の活躍を示す例としては、『BUTTER』とともに、王谷晶さんの『ババヤガの夜』が英国推理作家協会賞(ダガー賞)翻訳小説部門の最終候補作に残っていることもある。7月3日に発表の予定で、受賞すれば日本人作品として初となるという。

 これも柚木さんのインタビューからの引用となるが、『BUTTER』で描かれる日本社会の実態について、海外で一番驚かれるのは「週刊誌で役職がある女性の正社員が『いない』」というところなのだという。

『BUTTER』の主人公である町田里佳は大手出版社の看板雑誌編集部内で唯一の正社員の女性記者であり、尊敬していた先輩の女性記者は産休・育休を経て別の部署へ移っている。