【一発アウト】認知症になったら遺言書は無効、相続の悲劇とは?
人生100年時代、お金を増やすより、守る意識のほうが大切です。相続税は、1人につき1回しか発生しない税金ですが、その額は極めて大きく、無視できません。家族間のトラブルも年々増えており、相続争いの8割近くが遺産5000万円以下の「普通の家庭」で起きています。
本連載は、相続にまつわる法律や税金の基礎知識から、相続争いの裁判例や税務調査の勘所を学ぶものです。著者は、相続専門税理士の橘慶太氏。相続の相談実績は5000人を超えている。大増税改革と言われている「相続贈与一体化」に完全対応の『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】 相続専門YouTuber税理士がお金のソン・トクをとことん教えます!』を出版する。遺言書、相続税、贈与税、不動産、税務調査、各種手続という観点から、相続のリアルをあますところなく伝えている。2024年から贈与税の新ルールが適用されるが、その際の注意点を聞いた。

【一発アウト】認知症になったら遺言書は無効、相続の悲劇とは?Photo: Adobe Stock

知らないと絶対損する「お金の話」

 認知症を発症したら、相続対策はできなくなると考えてください。認知症になった人は、法律上「意思能力のない人」と扱われる可能性があります。意思能力のない中で行われた法律行為(遺言書を書く、生前贈与をするetc)はすべて無効で、法的効力を持ちません。

 とはいえ認知症の症状には波があり、調子がよければ遺言書を作ることも、契約書に署名押印をすることも可能です。しかし、これがトラブルの原因になります。

 例えば、自分にとって不利な内容の遺言書があった場合に「この遺言書を書いたとき、母は既に認知症と診断されていました。そのため、この内容は母の本当の気持ちではなく、無理やり書かされたものだと思います。よってこんな遺言は無効です!」と裁判に発展するケースがよくあります。

 認知症の症状があったかどうかは、医師の診断書のほか、介護施設の介護記録、実際に介護をしていた家族の証言等から、総合的に判断されます。

 裁判の結果、遺言書が無効とされたケースも多数存在しますが、医師の診断書等の客観的な証拠がある場合がほとんど。証拠もなく「母は認知症だったに違いない!」と言いがかりをつけても、基本的には通りません。生前贈与も同様です。贈与契約書にサインしたり、送金の手続はできたりするかもしれませんが、後々になって他の相続人から「母は認知症だったから、贈与することなんてできなかったはず。あなたが勝手に母の口座から自分の口座に送金しただけでしょ」と訴えられることもあります。

認知症の「線引き」は?

 ただ、認知症といってもさまざまです。お医者さんから診断されるレベルもあれば、そこまではいかないが、痴呆の症状が見え隠れする状態もあります。

「医師からの診断さえなければセーフなのか?」

 こう考える方も多いのですが、この論点には明確な線引きがありません。認知症との診断がなくても、介護記録や家族の証言等から、遺言書や贈与契約が無効とされたケースも実際にあります。では、どうすればいいのか。ここは逆転の発想です。「どこからが認知症か」の基準は曖昧ですが、「少なくとも今現在、認知症ではない」ことを明確にするのは簡単です。

 心療内科等を受診し、「意思能力に問題なし」という診断書を取得すればいいのです。遺言書を作成したり、生前贈与をしたりする際に、その行った日の1か月以内に診断を受けておけば、争いになる可能性を大幅に下げることができます。また、今すぐできる認知症診断テストがあります。「長谷川式スケール」と呼ばれるもので、認知症専門医の長谷川和夫氏らによって公表された認知症の診断指標です。30点満点中20点以下だと認知症と診断される可能性が上がります。

 このテストは比較的若い人でも意外に満点をとるのが難しいです。「自分はまだ大丈夫」と思われている方でも、どのくらいのレベルから認知症と診断されるのかを知っておくために、テストの受診をオススメします。

 ちなみに厚生労働省のデータによれば、65歳以上の28%は既に認知症であるか、認知症の疑いがあるそうです。世の中の多くの方がピンピンコロリを前提とした相続対策を考えがちですが、実際には認知症になってしまう前に、相続対策のほとんどを完結させておく必要があるのです。

(本原稿は『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』の一部抜粋・編集を行ったものです)