東京ディズニーランドPhoto:Takashi Aoyama/gettyimages

東京ディズニーリゾートに57歳で入社し、65歳で退職するまで、私がすごした“夢の国”の「ありのまま」をお伝えしよう。楽しいこと、ハッピーなことばかりの仕事などない。それはほかのすべての仕事と同様、ディズニーキャストだってそうなのである。
※本稿は笠原一郎『ディズニーキャストざわざわ日記』(三五館シンシャ、2022年2月1日発行)の一部を抜粋・編集したものです

某月某日 謎の落とし物
ヘアピン1個、届けますか?

 オンステージを歩きまわっているとじつにさまざまなものが落ちている。財布*、タオル、手帳、名刺、靴下、マフラー、手袋、ヘアゴム、バンソウコウ、傘、カギ、キーホルダー、お菓子、錠剤、ペンダント、修学旅行のレジュメ、お土産のリスト*……。

 カストーディアルキャスト(清掃スタッフ)は落とし物を拾うと、原則として一番近くにあるアトラクションのキャストに、落ちていた場所を伝えながら、現物を手渡す。また、現金が入った財布などの貴重品*は「メインストリート・ハウス」まで届ける*。これがルールである。

 ところが、それが落とし物なのか、捨てた物、あるいは要らない物なのかの見極めはなかなか難しい。たとえば、なんの変哲もない黒くて細長いヘアピンである。これって落とし物なのだろうか。いや、これは「落ちた物」だろう。

 この種のヘアピンはわりとよく落ちていて、最初は扱いに迷った。念のために100円ショップに赴き調べてみると、40本ほど入ったものが売られていた。常識的に考えて、こうしたヘアピンを落として、遺失物として届け出る人はいないと判断し、私はゴミとして捨てていた。同僚も同じようにしていた。

 あるとき、東京ディズニーランドがオープンした初期から働き、ベストセラー本も著している先輩のKさん*がこう書いているのを見つけた。

「ヘアピン1個でも届けなければならないんですよ。ディズニーランドならみんな間違いなく届けます」

 ええっ、まさかKさん、それって私が捨てていたようなヘアピン*じゃないですよね!?

 ほかにも、パークのパスポート、カメラのキャップ、イヤリングなど、気づいたゲストが「これ落ちていました」と渡してくれることもよくあった。

 ある日、東南アジア系の女性が近づいてきた。手には透明のビニール袋を持っている。