「朝令暮改」は稲盛和夫にとっては良い言葉

 フィロソフィーを大切にし、人間としての在り方、心構えについては一貫した態度をとった稲盛氏だが、日々の経営は判断変更の連続であった。

「朝令暮改」という言葉は、一般的にネガティブな意味で使われることが多いが、稲盛氏はこの言葉を全く異なる意味で捉えていた。


 稲盛氏が語る「朝令暮改」は、決して無計画な方針転換を意味するものではない。稲盛氏の視点では、常に最善を追求し、現状に満足せず、より良いものへと進化し続けるための積極的な行動を指す。

 稲盛氏の京セラ創業期を記した手記『心の京セラ二十年』(青山政次著、非売品、昭和62年)には、この哲学が端的に示されている。

《数年前まで、京セラの組織は目まぐるしく変えられ、3カ月と続かなかった。ここと思えばまたあちら、人の異動だけのこともあるが、組織がガラッと変わることもある。今では誰も驚かない、変わるたびによくなっているからでもある。

朝に法令を出したのを夕暮れにはもう変えるような、為政者の定見の無さを詰るのが「朝令暮改」だが、最近のように製品の移り変わりが激しく、需要の急変する時代には、変動に応じて対処できるよう、即刻組み替えねばならない》

 この記述は、組織のあり方や人の配置が、まるで生き物のように絶えず変化し、その都度、より良き方向へと修正されていった様を描写している。

「誰も驚かない、変わるたびによくなっているからでもある」という結果を生んだことは、稲盛氏の「朝令暮改」が、目先の利益のためではなく、本質的な改善と成長を目的としていたことを示している。

 稲盛氏が実体験を通して語った「朝令暮改」の概念は、学術的な研究においてもその重要性が示されている。

 2010年に発表された論文「創造性、カオス、そして知識管理(Creativity, chaos and knowledge management)」は、今日のビジネス環境における不確実性や混沌とした状況下での知識管理のあり方を考察している 。