ところが、今回は逆だった。面会室に入り、母の顔を見るなり、少年の目から涙があふれ出した。母親は怒りとも悲しみとも違う、穏やかな表情でそれを見守っていた。少年は泣くばかりでいたずらに時間だけがすぎていく。その間、少年も、母親も一言も発することがない。

 少年は振り込め詐欺の受け子をしたとして逮捕されていた。小柄でおとなしそうな少年は目先の小遣いにつられたのか、それとも悪い先輩にそそのかされたのか……。そのまま面会時間の20分がすぎた。

「時間です」私がそう告げると、その日初めて母親が口を開いた。

「ダイスケ、声を聞かせて」

「……ごめんなさい」

 私は少年を連れて面会室を出た。彼がその後どうなったのかは知らない。だが、この母子なら立ち直れる*。私にはそんな気がする。

書影安沼保夫『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)安沼保夫『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)
起訴されたらほぼ有罪
起訴されたら99%有罪となり、日本の司法はおかしいという批判を耳にするが、起訴に至るまでにはいくつものハードルがある。私の体感として逮捕されても起訴されなかった被留置者が50%以上だった。
呆然と眺めているパターン
逆に、面会に来た母親に対して「こんなことになったのはおまえのせいだ! おまえの育て方が悪かったから俺の人生はメチャクチャだ!」と激昂し暴れたため、面会中止になった少年もいた。子育てに正解はないと思うが、留置場のわが子からこんなことを言われた母親の気持ちを思うといたたまれなかった。
この母子なら立ち直れる
よく更生した受刑者から刑務官宛に御礼の手紙が届くなんて感動話がある。しかし、留置期間の短い留置場でそんな話は珍しい。ただ、一度だけ被留置者から手紙が届いたことがある(個人宛ではなく、留置係宛だった)。丁寧な字で「その節はたいへんお世話になりました」と記されていた。手紙を読み、送り主の名前にも覚えがあったが、留置中はいつも無愛想で下膳の際の「ごちそうさまでした」もなく、印象は決してよくない被留置者だった。感動的な触れ合いや心の交流もなかった。なぜ、わざわざ手紙を送ってくれたのか謎だ。ただの筆まめな人だったのかもしれない。