『「静かな人」の戦略書』が世界で話題となり、日本でも20万部を超えるベストセラーとなったジル・チャンさんが、新作『「謙虚な人」の作戦帳――誰もが前に出たがる世界で控えめな人がうまくいく法』を携えて来日した。
アジアでは美徳とされる「謙虚さ」は、「自己不信」という弱みと表裏一体だ。謙虚さが行きすぎると、周りから評価されても「周囲は自分を誤解している」「自分はこのポストにふさわしくない」などと思い込んでプレッシャーを感じてしまう、いわゆる「インポスター(詐欺師)症候群」になってしまう人もいる。
多くのビジネスパーソンが抱えるこの課題に対して、今作でも自身の体験から引き出された具体的な「作戦」を余すところなく紹介しているジルさん。さっそく、そのエッセンスを語ってもらおう。(構成/藤田美菜子)

【私は私】メンタルが一発で「無敵」になる考え方・ナンバー1ジル・チャン氏(Photo by Wang Kai-Yun)

一方的に詰めてくる上司に対処するには?

――前回は、謙虚な人が声の大きい相手と付き合うためのコツを伺いました。特に、その相手が「上司」や「部下」であるときに注意すべき点はありますか? (前回記事「人の話を聞かずにまくしたてる威圧的な人」を一発で黙らせたいとき、頭のいい人は何と言う?』

ジル・チャン(以下ジル):威圧的で、一方的にこちらを詰めてくるような上司に向き合うとき、私がしているのは状況を正しく見積もることです。

 何かを達成することが難しい場合、私はその難しさを上司に伝え、なぜそれができないのかを具体的なデータを使って説明します。あるいは、私のスキルに何らかの限界があるときは、「こういうサポートがあればうまくいくかもしれません」などと伝えます。

 このやりとりがとても重要なのは、上司はサプライズを嫌うからです。彼らは自分のコントロールがきかない状態を嫌がります

 ですから、必要なリソースと不足しているリソース、それが示す潜在的な結果を、とことん論理的で実態に即したやり方で報告すれば、どれほど尊大な上司であってもあなたの話を聞こうとするでしょう。そこから、より対等な会話に発展させることもできます。

声の大きい部下にどう対処する?

 一方、声の大きい部下と向き合うのはもっと厄介です。ただ、それは必ずしも悪いことではありません。

 部下の声が大きいなら、それは少なくとも、①彼らが自分に自信を持っていること、②おそらく彼らには一定の能力があり、その自覚もあることを意味するからです。

 私の場合、とにかく彼らの話を聞くことにしています。彼らの提案や、彼らが望む方向性を聞き出し、彼らの目標をチーム全体の目標とどうすり合わせることができるか話し合います。2つの目標が合致すれば、態度はどうあれ、その人の希望に沿って取り組むことはチーム全体の目標に役立つことになるからです。

 主張の強い部下に対しては、時にはごく一般的なガイドラインを与えて、「これとこれはやってはいけませんが、それ以外は好きなようにやってください」と言うのもいいでしょう。ただ彼ららしく行動させておけばいいのです。

メンタルが無敵になる考え方とは?

――謙虚な人は、控えめであるがゆえに損をしがちな面もあると思います。これを回避するにはどうすれば?

ジル:謙虚な人には「内的帰属」の傾向があり、出来事や結果の原因を、自分の性格や能力、努力などの内面的な要因に求めがちです。だから、何か問題が起きたときに、自分ではどうしようもなかったことでも、自分のせいだと考えてしまうことがあります。

 この罠にはまらないためには、自分がコントロールできることとできないことを厳密に区別する習慣をつけることです。

 例えば、求人に応募するとき、履歴書を間違ったメールアドレスに送ったら、それは自分が悪いですよね? 自分でコントロールできることなのに、うまくできなかったら、それは自分のせいです。

 でも、履歴書をきちんと準備して、締切前に正しい宛先に送り、面接にも行ったけれど、2次面接に通過できなかった場合、それは自分のせいなのでしょうか? 答えはノーです。結果がどうあれ、自分は自分。できることはすべてやったけど、不合格だった。それは相手の決定であり、こちらがコントロールできることではありません

 この線引きをすることは、謙虚な人の精神を安定させるうえでに特に役立ちます。みんながあなたを責めようとする前に、何が自分にコントロールできたことで、何がそうではなかったのかを見分けるスキルを身につけてほしいと思います。

謙虚な人は「得」もしている

――ジルさんは「謙虚な人」であって良かったと感じることはありますか?

ジル:私には2つの顔があります。1つは作家ですが、本業は国際慈善アドバイザーです。すると、本業で仕事相手と話しているときに、「あなたの本を読みました。とても面白かったです」などと言われることがあります。

 そんなとき、私は誉め言葉を素直に受け取ることができなくて、ありがとうございますと言いながらも、どうしても恐縮して、申し訳ないような態度を見せてしまいます。

 でもやがて、私がそのような態度を取ることを、みんなが好ましく思っていることがわかりました。ベストセラー作家でありながら、傲慢ではないからです。それが実際に、本業でより多くの企業と協働できたり、より良いパートナーシップを見つけたりすることに役立っています。

 もし私がとても態度の大きな人で、「ねえ、私はベストセラー作家なんです。私と一緒に働きたくないですか?」などと言ったら、誰だって「いったい何様なの?」と思うでしょう。これはアジアだけでなく、アメリカでも同じことです。アメリカ人だって、いつも声の大きな人を好むわけではないのです。

 最近読んだ本に書いてあったのですが、非常に短時間で相手の信頼を得るのに役立つ、2つの要素があるそうです。1つはプロフェッショナルであること。もう1つは(人柄が)温かいことです。私が思うに、謙虚な人はその両方を備えています。

 常に自分が未熟だと感じ、研鑽を積み続けることは、どの分野においても一流のプロとなる原動力になります。また、自分を物事の中心に置かず、他人を気にかけ、相手の言うことに耳を傾けようとするので、自然と心根の温かい人になります。

 以上のような理由から、私は自分が謙虚であることを結構気に入っているのです。

「他人は違う考え方をする」と理解する

――自分の子どもにも、謙虚な人であってほしいと思いますか?

ジル:人にはそれぞれ、持ち前のパーソナリティがあります。なので、謙虚だろうと雄弁だろうと、私はそのどちらも否定も強要もしないでしょう。ただ、ありのままの娘として育てるだろうと思います。

 もし私にできることがあるとすれば、共感トレーニング(注:他者の感情や思考を理解し、それらに寄り添う能力を高めるための訓練のこと)を行うことです。

 人はそれぞれ異なるパーソナリティを持っていますが、自分とは違うパーソナリティの相手に対して共感するということを、子どもの頃から学んでほしいのです。

 例えば、彼女が誰かとケンカしていたら、事情を詳しく聞いて、「オーケー、もしあなたが相手の立場だったらどう思う? あなたが言ったことに対して、どう感じるかしら? なぜ、相手はそう感じたと思う?」などと尋ねます。こうした思考のエクササイズを通して、誰もが異なるバックグラウンドを持ち、それぞれ違う考え方をするということを、娘には理解してほしいと願っています。

 自分の考えを表に出すのはもちろん構いません。一方で、相手へのリスペクトを欠かさないことが、すべての人間関係を守る「傘」の役割を果たすと思うからです。

本当に従うべき上司は「自分自身」

――最後に、『「謙虚な人」の作戦帳』をどんな人にいちばん読んでほしいですか?

ジル:このインタビューの冒頭(前回『「人の話を聞かずにまくしたてる威圧的な人」を一発で黙らせたいとき、頭のいい人は何と言う?』参照)で、謙虚な人には「働きすぎ」の傾向があるという話をしました。日本の読者の多くは、思い当たる部分があるのではないでしょうか。

 過労や燃え尽きといった問題を抱えている人には、自分がいま何に取り組んでいるのか、なぜそれに取り組んでいるのか、そのすべてにどれくらいの時間を割いているのかを、真剣に見直すことをお勧めします。

 そして、改善の余地があるかどうかを見極めてください。改善の余地がないとわかったら、そのときこそ「このまま、この職場に留まるべきなのか?」と問うべきタイミングと言えます。

 職場の環境を変えることができなくても、決断することはできます。今の環境にとどまって困難を乗り越えることを選ぶか、この環境から離れるか、選ぶのはあなたです。環境を変える代わりに、自分の仕事のやり方やマインドセットを変えるというアプローチもあるでしょう。

 私がすべての謙虚な人にお伝えしたいのは、自分の人生は自分でコントロールしようということです。私たちは謙虚ですが、それは他人に人生をコントロールさせるという意味ではありません。私たちにとって本当のボスとは自分自身のことなのです。

 ですから、何をするにしても「自分ファースト」で、家族でも健康でも、自分が優先したいものを見誤らないようにしてください。そうすることで初めて、あなたの目標と優先事項を両立させる作戦を立てることができるのです。

(本記事は、『「謙虚な人」の作戦帳』の著者、ジル・チャン氏へのインタビューをもとに構成しました)