中長期を考える余裕をつくる
鍵は「部下の育成と権限移譲」

 課長や部長は“執行”をきちんと担い、現場を動かし成果を出すことが何よりもその役割です。しかし役員や経営者になれば、会社全体の方向づけこそが最大の責任です。特に社長がそれをしないと、組織がどこかで空中分解する危険性があります。

 日常業務に飲み込まれてしまえば、考える時間を失います。中長期的に何をやり、何をやめるのか、どこに資源を配分するのか。これを決める仕事は、リーダーにしかできません。

 その余裕を生み出すために必要なのが、部下の育成と権限委譲です。

 権限を任せるには二つ意味があります。一つは部下を鍛えること。そしてもう一つは、自分が本来やるべき仕事に集中することです。

 経営者が「部下でもできる仕事」を抱え込んでいては、中長期を考える余裕は生まれません。任せることで部下は経験を積み、組織全体の力も底上げされます。そして経営者自身は短期的、中長期的な意思決定などの「自分にしかできない仕事」に集中できるようになるのです。

 この点について、ピーター・ドラッカー先生は著書『経営者の条件』(ダイヤモンド社)の中で、「自ら行う仕事を委譲するのではなく、自ら行うべき仕事に取り組むために他の人にできることを任せることは、成果をあげるうえで必要なことである」と述べています。権限委譲の本質を端的に示す言葉です。

部下の仕事に逃げ込む上司は
リーダー失格

 ここで注意したいのは、「部下の仕事に逃げ込まない」ということです。

 優秀な人ほど、部下の仕事をこなす力もあります。だからつい、慣れた業務に手を出してしまう。しかし、それではリーダーの本分を果たせません。

 経営コンサルタントの大先輩、一倉定先生は「ダメな会社は、社長が部長の仕事をし、部長が課長の仕事をし、課長が係長の仕事をし、係長が平社員の仕事をしている。平社員は何をしているのかと言えば、会社の将来を憂えている」とおっしゃいました。まさに役割を取り違えた組織の姿です。

 部長クラスまでは執行が中心で、目の前の課題に的確に対応し成果を出すことが最優先です。しかし役員や経営者は違います。

 彼らの中心的な仕事は中長期の方向付けにあり、それを考える時間を必ず確保しなければなりません。

 中小企業の経営者であれば、どうしても執行の役割も果たさなければいけない場合もあるでしょう。だからこそ、人を育て、できる限り仕事を任せ、自分は未来を描く役割に力を注げるような環境をつくることに尽力しなければならないのです。

 リーダーの仕事は「今を解決すること」と「未来を考えること」の両輪です。

 その両輪をきちんと回すために、権限を手放し、部下に任せる。そして自分にしかできない判断や構想に集中する。そうした意識と行動の積み重ねが、組織の安定と成長を同時に実現させるのです。