シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

これからアジア諸国はどんどん成長し、日本は衰退の一途を辿るか?Photo: Adobe Stock

日本と東南アジアは、かなり補完的な関係

 アジア地政学プログラムを修了してくれた方々の、ほぼ大半が口にするのが、

日本も捨てたものじゃないですね
もっと東南アジアを売り込まれると思っていた
日本を離れて日本やアジアを見つめなおすとてもいい機会になりました

 というものだ。

 これらの感想を聞くと、我が意を得たりと感じる。

 そう、アジア地政学プログラムは、東南アジア進出支援セミナーではない。

 日本を離れて、日本の良さも課題も外から立体的に相対化し、東南アジアのポテンシャルだけでなく、そこにある課題も実感してもらうのが私の狙いである。

 私は、日本と東南アジアは、かなり補完的であると思う。

 お互いが今後の課題を解決して、ポテンシャルを活かしていくには、お互いを必要とする。

 私がその考えを受講生の皆さんに押し付けるのではなく、東南アジアの第一級の講師陣との対話や現地視察を通じて、それに気づいてほしいと思っている。

 日本にいると、日本のインテリやリーダーが日本の課題ばかりを連呼する。

 その結果、日本に自信を持てなくなる人が多いと思う。

新興国から先進国に移行するのは、至難の業

 連日報道される日本の問題としては、以下のようなものがある。

 ・高齢化
 ・人口減少
 ・政治家の金や異性がらみのスキャンダル
 ・有名人の不倫等のスキャンダル
 ・日本にいても海外に行っても物価高と通貨安で貧困を実感
 ・インバウンド観光客の豪遊ぶりや、彼らの購買力に合わせて宿泊費やレストランの価格が吊り上がり、日本の貧しさを実感
 ・詐欺や強盗の増加による治安悪化

 観光や留学や出張で東南アジアやインドに来てみると、子供や若者も多く、街中の喧騒が、その国のパワーや明るい未来を感じさせる。

 しかし、時間が経てば東南アジアの国々が日本のような先進国になれるかといえば、そうでもないことに気づく。

 新興国から先進国に登る道はかなり急な勾配でしかも狭い。アジアでもそれに成功したのは日本、韓国、台湾くらいである。

 残念ながら中国も「豊かになる前に老いてしまう」だろう

地方都市にその国の真の実力が表れる

 東南アジアやインドの玄関口の国際空港もデザインがよくなり、建物も新しくて立派になり、その国の過去を知る人ほど圧倒されやすい。

 外資系の立派なホテルが首都や観光都市には立ち並び、その部屋やレストラン、施設も新しく素敵なデザインで、これらにも驚かされることがあるだろう。

 これらの印象で、「東南アジアの国々は高度成長に入って日本をすでに圧倒しているのかも」と感じる人も多いかもしれない。

 しかし、ジャカルタはインドネシアではない。バンコクもタイではない。ドバイもUAE(アラブ首長国連邦)ではない。デリーもムンバイもインドではない。

 新興国の巨大都市は、その国の体を表さない。真の国力、国情が出るのは各国の地方都市だ。

 そこが欧米や日本と新興国の実力差だ。経済成長が地方都市まで浸透して初めて先進国である。

 マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア、ベトナムなどアジアの新興国は、まだまだ成長のポテンシャルはあるが、私はこのままいけば、アジア新興国の成長は停滞し、やがて止まると思う。

 経済成長とは、

 経済成長=人口増加×資本×生産性向上(イノベーション)

 の式で表せる。

 しかし、今の新興国の成長は、人口増加×資本流入の2つだけである。

 しかも、資本も外国資本が中心。ここに自前の生産性向上、つまりイノベーションがないと、先進国まではいけないのだ。

 これは既得権益が創造的破壊を受け入れ、いかなる国民にも既得権益への公平な挑戦権が与えられて、初めて始まるものである。

 そして、個人個人が実現させた生産性向上の果実、つまり余剰生産(人より工夫して努力して多く作りそれを売って得た利益)を私的に所有することが許され、それが法執行機関によって保証されて、初めて実現される。

 そういう意味で、欧米や日本は幸運であった。革命や戦争により、既得権益が破壊され、新参者の挑戦が許され、私的所有が法律と法執行機関により保証されてきた。その欧米や日本の資本蓄積は莫大である。それが主要都市だけでなく、地方都市まで国中隅々まで行き渡っている。

 地方都市こそが、真の国力を表しているのだ。

 日本人で富山や鳥取に住む人々が、バンコクやジャカルタ、ドバイやムンバイを観にいったら度肝を抜かれるかもしれない。しかし、それは間違った比較である。

 インドネシアやタイやインドの地方都市を観にいって、何を感じるかが真実なのだ。

 インドネシアやタイやインドの旅行者が、日本旅行のリピーターになり、今や鳥取や富山に来ることがある。彼らが日本に来て驚嘆するのは、地方都市のインフラ、衛生状態、教育現場、人々のマナー、公衆トイレの清掃状況などが素晴らしいことだ。

 私の友人の巨大財閥のオーナーたちは、「真の日本の実力は地方都市にあるね。あれを見ると、我が国は絶対追い付けないよ」と口を揃える。

 これから日本は衰退するかもしれないが、日本が蓄積した社会資本の厚みはすごいと言える。ヨーロッパやアメリカの地方都市も、社会資本の蓄積が素晴らしいところが多い。

 間違っても新興国の巨大都市を見て、あれがそこの国力とか、国情とか勘違いしないことである。

(本稿は君はなぜ学ばないのか?の一部を抜粋・編集したものです)

田村耕太郎(たむら・こうたろう)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。