山上徹也被告の画像海外のメディアでは「大量殺傷やテロ的事件」の報道で、加害者に“悪名(notoriety)=注目・名声(負の名声)”を与えないようにしよう、という考え方が広まっている Photo:KYODO

「不遇な家庭環境」「旧統一教会の被害者」。安倍元首相銃撃事件の初公判が進むにつれ、山上徹也被告に対する同情の声が再燃しています。弁護側は「最も重くても懲役20年」と減刑を求め、ネットでも擁護論が飛び交う異様な状況。欧米では常識とされる「テロ対策の鉄則」を無視し続けた日本の末路と、司法が下すべき決断を論じます。(ノンフィクションライター 窪田順生)

「悲惨な生い立ち」を
報じるメディアの罪

「人の命を奪ったんだから重い罪を背負うのは当然だ」
「いや、殺される側もそれだけのことをしていたわけだから減刑するのが当然だろ」

 2026年のはじまりから、ネットやSNSでこんな激論が盛り上がってしまうかもしれない。1月26日、安倍晋三元首相銃撃事件の山上徹也被告の判決が言い渡されるからだ。

 検察側は「無期懲役」を求刑しているが、弁護側は母親が旧統一教会に巨額献金をして家庭崩壊をしたなどの「悲惨な生い立ち」こそに注目すべきであり、「最も重くても懲役20年にとどめるべきだ」と訴えている。

 ネットやSNSでは20年どころかもっと減刑すべきだという声もあるようだ。3年前にこの殺害事件が起きた際にも「やったことは悪いけれど同情すべき点がある」「殺人は罰せられるべきだが、彼の行動がなければ旧統一教会と政治の闇を暴くことができなかった」などと山上被告を擁護、英雄視する声が一定数あった。