「『砂の器』は中国に500万円で興行権を売ったんです。それを喜んで、松竹とは祝杯を挙げましたが、後で話を聞くと、なんと中国での観客動員数は1億4千万人という、途方もない数字になっています。入場料の歩合にしていたら、どうなっていたか、頭がクラクラする思いです(笑)」(「清張映画の真髄」)
『松本清張の昭和』(酒井 信、講談社)
映画「砂の器」は、1966(昭和41)年から続く文化大革命期に、中国で公開された日本映画の1つとなり、1億4000万人の観客動員を果たした。
文化大革命で苦労してきた中国の人々にとっても、清張と父・峯太郎の人生が投影された「辛酸を舐める父子の姿」は、心にしみるものだった。清張自身も映画「砂の器」を、自作の映画で最高傑作だと評価し、『砂の器』は松本清張の代名詞となった。
映画「砂の器」の成功は、厳しい時代を、差別を受けながら生き抜いた、父子の「努力の結晶」といえるものだった。







