なぜ松本清張は女の狂気を描けたのか?作品を支えた、知られざる女性遍歴写真はイメージです Photo:PIXTA

松本清張の作品に登場する女性たちは、タブーに触れ、復讐に身を焦がし、ときに悪事に手を染めていく。なぜ清張は、女性の狂気を生々しく描くことができたのか。清張の人生をたどると、これまであまり語られてこなかった女性との意外な関わりが浮かび上がってくる。作品世界を支えてきた、稀代の作家の女性遍歴に迫る。※本稿は、文芸評論家の酒井 信『松本清張の昭和』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

まだ弱い立場にあった女性を
人間らしく描いた松本清張

 貧しい家庭で生まれ育ち、弱い立場の人々のことをよく知る松本清張は、人間に対する公平な眼差しを持つ作家だった。ゆえに清張作品の「女性たち」は、封建的な秩序にとらわれず、時に嘘をつき、不倫を重ね、夫を殺害し、自らも傷つき、男たちへの復讐を果たす。

「どんな相手のことも、性別や肩書きにとらわれず一人の人間としてみる」と、『松本清張の女たち』(2025年)で酒井順子は、清張の公平に人をみる姿勢を高く評価している。

 この本を読むと、清張が描いた女性像は、大きく分けて3つあることが分かる。

 1つ目は『ゼロの焦点』など、「お嬢さん」が「謎めいた過去」を探求するうちに、戦後史の闇に足を踏み入れていく「お嬢さん探偵もの」である。

 たとえば『ゼロの焦点』は、男性経験のない「お嬢さん」の鵜原禎子が、36歳の夫が能登半島で失踪した謎を解明しながら、東京・立川で米兵相手の売春を行っていた女性たちの「戦後史」に迫っていく内容である。

 禎子は、日本海に面した能登と、戦後復興を果たした東京の格差を実感し、立川で働いていた女性たちの感情を受け止めることで、成長していく。『ゼロの焦点』は「お嬢さん探偵」の「成熟と喪失」を描いた作品と言えるだろう。