辻嘉六の遺言状。娘の辻トシ子が生前、その存在を示唆していたが、今回初めて現物が発見された
自民党の前身となる日本自由党の結党資金を提供した辻嘉六は1948年12月21日に息を引き取る。その3日前に、辻嘉六が作成した遺言状を筆者は入手した。遺言状には、結党資金の原資を辻に差し出した戦争成金、児玉誉士夫の名前が頻出する。当時、巣鴨プリズンに収監されていた児玉に対し、辻嘉六が与えた指示の内容とは。『昭和の女帝 小説・フィクサーたちの群像』のモデルである女性フィクサーの謎に迫る特集『小説「昭和の女帝」のリアル版 辻トシ子の真実』の#9では、日本最大の黒幕といわれた辻嘉六の遺産が誰に、どのように引き継がれたのかを明らかにする。遺言状で分かった、辻嘉六と児玉機関幹部らの深い関係とは。(ダイヤモンド編集部副編集長 千本木啓文)
松本清張の小説『けものみち』の黒幕のモデル
辻嘉六が獄中の児玉誉士夫に与えた指示とは?
日本の敗戦の翌年1946年1月25日、海軍のために戦略物資を調達する中で巨利を得た戦争成金、児玉誉士夫が巣鴨プリズンに収監された。彼は戦後、東久邇宮稔彦王内閣で内閣参与を務めるなど表の世界で活躍していたが、結局は、A級戦犯容疑者に指定されてしまった。
入獄の日、拘置所の門前まで見送りに来たのは、児玉に捻出させたカネを日本自由党の結党資金として鳩山一郎に提供した辻嘉六だった(詳細は本特集の#8『自民党の前身・日本自由党の結党資金390億円を提供…「政界の黒幕」辻嘉六と児玉誉士夫による秘密工作の全貌』参照)。辻嘉六は、児玉を見送る際、「出るときには迎えに来るよ」と言った。児玉は「そのときは多分裏門からでしょう」と答えた。児玉はそのとき、連合国に裁かれ、極刑に処されることを覚悟していた。
しかし結果的に、児玉は生き残った。3年後に釈放されたのだ。米国が児玉を自由の身にしたのは、朝鮮戦争に備えるためだった。米中央情報局(CIA)は児玉に、戦車やジェットエンジンの製造に欠かせないタングステンなどを調達させようとした。彼は戦時中に集めたタングステンを戦勝国にばれないよう隠しているとみられていた。
出所した当日、児玉がまず向かったのが、築地本願寺で行われていた辻嘉六の葬儀だった。児玉が釈放された12月24日の3日前に泉下の人となっていた。
辻嘉六の葬儀。1948年12月24日、築地本願寺で行われ、鳩山一郎が委員長を務めた。鳩山は通夜の席で、「政権を取ったら、辻君のために金の墓を建てる」と発言した
葬儀の日に間に合ったのは児玉にとって都合が良かった。なぜなら辻嘉六の屋敷の庭に埋めた海軍のラジウムを掘り起こし、米国に献上することができたからだ。曳光弾に使われるラジウムもタングステンと同様、米軍にとって喉から手が出るほど欲しい戦略物資だった。
児玉によれば、葬儀の日、辻嘉六の長女の辻トシ子をはじめとした遺族らが、「自宅の庭に“財宝”が埋まっている」と勘違いして掘り返そうとしていた。遺族に奪われる前に、児玉はラジウムを確保することができたのだ。出所早々に、米軍に恩を売ることができ、児玉はほっとしたことだろう。
12月24日に釈放されたのは、児玉だけでなかった。彼と同様に戦後の日本を動かすことになる笹川良一や岸信介を含む17人がクリスマスイブに同時に出所している。彼らの多くは戦時中に得た人脈や情報をフルに活用して、朝鮮戦争への備えや台湾における反共活動に励んだ。
米国にとって、東アジアにおける反共産主義の砦としての日本の重要性はますます高まっていく。笹川や岸、児玉といったA級戦犯容疑者を釈放するだけでなく、1951年までに鳩山や河野一郎といった保守系の政治家や、有力な官僚、経営者らの公職追放を次々と解除していった。
GHQが進めた財閥解体などのリベラルな政策を百八十度転換するいわゆる「逆コース」によって、日本を共産主義に対抗し得る“強い国”にするには先立つものが必要だった。電源開発や鉄鋼、造船業といった産業力強化には、米国からの対日援助物資の売却益100億円(現在の貨幣価値で5480億円。大卒の国家公務員の初任給の倍率をベースに算出)が1951年に設立される日本開発銀行の資本として投じられるなど制度資金、いわば表のカネが用いられた。他方、保守政権を存続させるためには、裏のカネが欠かせなかった。
吉田政権や鳩山政権を支える政治資金の一助になったのが、辻嘉六の遺産だと考えられるのである。
実は、辻嘉六は死去する3日前に遺言状を残していた。筆者が入手した遺言状には、娘の辻トシ子だけでなく、児玉も政治的な遺産を引き継いだとみられる内容が記載されていた。3年ぶりに娑婆に出た児玉が得たものは、ラジウムだけではなかったのだ。次ページで遺言状の内容を明らかにする。
昭和の女帝
小説・フィクサーたちの群像
千本木啓文著
<内容紹介>
自民党の“裏面史”を初めて明かす!歴代政権の裏で絶大な影響力を誇った女性フィクサー。ホステスから政治家秘書に転じ、米CIAと通じて財務省や経産省を操った。日本自由党(自民党の前身)の結党資金を提供した「政界の黒幕」の娘を名乗ったが、その出自には秘密があった。政敵・庶民宰相との壮絶な権力闘争の行方は?













