スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。
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課題の質ではなく、ソリューションの質にこだわると、顧客にほとんど使われずに終わる。そんなサービスやプロダクトを例示してみよう。
Kindle Fire Phone(キンドルファイアフォン)
Amazonがキンドルファイアフォンというスマートフォンを2014年にローンチした。創業者のジェフ・ベゾス氏自身の肝いりのプロダクトで、彼自身がローンチイベントで登壇し、前途洋々に見えたプロダクトだった。
しかし、発売後わずか1年で撤退することになる。彼らが推していたのは、目の前にある商品を識別できる“ダイナミックパースペクティブ”という機能だった。
ユーザーが、目の前にある、魅力的だが商品名が分からないプロダクトを、このスマホを使い検索し、それがそのままAmazonで購入することができるというユースケース(使われ方)を提案した。
一見すると魅力的なユーザー体験(User Experience:UX)に聞こえるが、そんな場面に直面するのは、年に数回程度だろう。
ユーザーはその用途のためにわざわざ、スマホを買い替えたり、2台持ちしたりはしない。結果として、このスマホは全く刺さらずに、短期間で撤退した。
Pepper(ペッパー)
ソフトバンクがペッパーという感情認識ロボットを2014年にローンチした。あなたも街で見かけたことがあるだろう。ソフトバンク創業者の孫正義氏自身がローンチイベントで登壇し、前途洋々に見えたプロダクトだった。
しかし、発売後6年で生産は終了。
彼らが推していたのは、人間の感情を理解し会話できる“感情エンジン”という機能だった。ユーザーが家庭や店舗で、このロボットと自然な会話を楽しみ、接客や家族の一員として活用できるという事例を提案した。
一見すると魅力的なユーザー体験に聞こえるが、実際に継続的にロボットと会話したいと思う場面は限定的である。
さらに家庭では、月額費用19,800円という高額なコストに見合う価値を感じられず、店舗では単純な案内業務しかこなせないことが明らかになった。
結果として、このロボットはBtoC市場に全く刺さらずに、短期間で生産を終了した(在庫があるためにまだ販売は続いている)。
課題を意識しないのは自殺行為
こうした例が示すのは、Amazonやソフトバンクのような実績や資金力のある彼らですら、「課題の質」を軽視して、高機能なソリューションありきで考えると容易に失敗するということだ。
この罠にハマるスタートアップも後を絶たない。
最近の事例だと米Humane(ヒューメイン)というスタートアップの「AI Pin」というプロジェクトがある。
同社は元Apple幹部が立ち上げたという看板の下、350億円という巨額の資金調達で注目を集めたが、最終的に壮大な失敗に終わった(2024年の製品発売後わずか数ヶ月で、返品数が売上を上回る事態となり、実質的な失敗に終わった)。
AI Pinは、手のひらにレーザーでUI(User Interface:ユーザー・インターフェース/ユーザーが製品・サービスと触れる接点)を投影し、音声コマンドでAI(人工知能)と対話するというものだ。
確かに未来的で、テクノロジー愛好家の想像力をかき立てるプロダクトだった。
しかし、実際のデモで開発チームが最も力を入れて紹介したのは、「AI Pinに天気を尋ねる」という、ごく基本的な機能だった。
これは、699ドル(約10万円)の本体価格に加えて、月額24ドルのサブスクリプション料金を正当化するには、あまりにも魅力がなさすぎた。
(本稿は『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。




