コロナパンデミックの影響でリモートワークが全世界的に浸透したことで、「兼業・副業」が常態化しつつある。日本でも副業を推奨する企業も現れ、働き方はここ数年で大きく変化している。独立研究者で著作家の山口周氏は、書籍『人生の経営戦略』において、「私たちはこれから、ひとつひとつの仕事の良し悪しに加えて、それらのひとつひとつの仕事の『組み合わせの良し悪し』についても、同時に考えていく必要がある」と指摘する。自分の人生を運営していく上で考えるべき「仕事の組み合わせ」とは何か。本書の内容をもとに解説する。(文/神代裕子、ダイヤモンド社編集局)

仕事熱心な40代の男性Photo: Adobe Stock

「一時期にひとつの仕事」という常識の終焉

 昨今、副業をしている人はもはや珍しくない。筆者の友人たちも、転職する際の条件に「副業可の会社」を挙げる人が増えている。

 山口氏は、「近い将来、私たちが長らく当たり前だと思っていた『一時期にやれるのはひとつの仕事』という常識は溶解し、複数の仕事に同時に携わるのが、新しい『働き方の当たり前』になるのでしょう」と語る。

 その際、山口氏は仕事においても「ポートフォリオという概念が求められるようになる」と指摘する。

 ポートフォリオとは、企業経営の世界では主に、「投資や取り組みの集合体」という意味で用いられる言葉だ。

投資では、株式や債券、不動産といったさまざまな資産の適切な集合体=ポートフォリオを持つことで、市場の変動が一部の資産に与えるネガティブな影響を相殺し、リスクとリターンのバランスを最適化することを目指します。(P.195)

 山口氏は、これと同様の考え方が、我々の「人生の経営戦略=ライフ・マネジメント・ストラテジー」にも必要であるという。

仕事を分散すると、キャリアに何が起きるのか

 山口氏は「仕事のポートフォリオ」を持つメリットとして、次の4つを挙げる。

成長の機会
新しいスキル・知識・経験を獲得する機会が増えることで学習や成長が加速され、新しいキャリアの機会が拡がります。(P.196)
キャリアの多様性
ひとつの仕事に携わることでは得られない多様な経験や知識を得ることができ、自分の内部に多様な視点・スキル・価値観を持つことができるようになります。(P.196)
人的ネットワークの構築
本業とは異なる人的ネットワークを持つことができます。特に、所属する組織の外部に人的ネットワークを広げることができれば、キャリアの多様性・堅牢性を高めることができます。(P.196-197)
リスク分散
異なる仕事や収入源を持つことで、経済的リスクを分散できます。例えば、本業が不安定になった場合でも、副業からの収入で生活の安定を保つことができます。(P.197)

 つまり、仕事を分散させることは単なる収入増ではない。成長機会を得て、人的ネットワークを構築し、リスク耐性を高めることが同時にできる戦略と言える。

成果を分ける「仕事の組み合わせ」の3つの視点

 問題は「どう組み合わせるか」だ。山口氏は、次の3つの視点が必要であると語る。

視点1:リスクとリターンのバランス
視点2:長期・短期のバランス
視点3:ライスワークとライフワークのバランス(P.198)

 視点1は、具体的には「安定的だけれども大化けするリスクのない仕事」を持ちながら、片方に「不安定だけれども大化けするリスクもある仕事」を持つという設計になる。

 ここでしっかり理解しておきたいのは「リスク」とは、「損失」ではなく「振れ幅」のことだ。当然、良い方向に振れることもある。リスクの元々の意味は「不確実性」であることを知っておきたい。

 山口氏が提唱しているのは、「上側の不確実性」を人生に取り込みつつ、「下側の不確実性」を最小限にする方法だ。

 一見すると、非現実的に思えるが、こうした戦略をとって世に出た人物はたくさんいるという。

 例えば、アインシュタイン。彼は、ベルンの特許局に勤務しながら、余暇の時間を使って論文を書き、ノーベル賞を受賞した。フランツ・カフカも保険会社に勤めながら、余暇の時間で小説を書いていた。

 固定収入は確保しつつ、空いている時間で研究や執筆に取り組む分には、下振れのリスクはほとんどない。「当たればもうけもの」だ。

未来は「時間の使い方」で決まる

 視点2は、「時間軸」だ。山口氏はコンサルティング会社のマッキンゼーが提唱している「イニシアチブ・ポートフォリオ」のコンセプトをもとに説明する。

 この「イニシアチブ・ポートフォリオ」では、横軸に「時間軸」を、縦軸に「本業との近さ」をとって、自分の取り組みのポートフォリオを確認する。

横軸:収益化する時期
・目先:1年以内
・中期:3~5年
・未来:10年~(P.201)
縦軸:本業との近さ
・高:本業あるいは近接領域
・低:本業とは関連しない領域
・不明:本業との関係すらわからない領域(P.201)

 山口氏は、30代まで本業であるコンサルティングに時間資本のほとんどを注いでいた。ただ、そのままでは、40代以降に向けた布石が打てず、上側のリスクも取り込めない。

 そう考えた山口氏は、それまでほとんどの時間を注いでいたコンサルティング業を半分にして、「調査研究」「ブログ執筆」「講演」「投資その他」の領域にも時間資本を投下するようになった。

 そうすることで、当初は何も収益を生まなかったこれらが、少しずつ信用や人脈といった社会資本や新たな収入として金融資本を生み出すようになっていったという。

 最終的には、本業を上回るような成果が出てきたことから、現在の著作家や独立研究者といった「次のステージ」へと移行できたのだ。

「イニシアチブ・ポートフォリオ」は、何に時間をかけるべきか、時間をかけて自分のどの分野を育てていくべきかを検討するのに役立つのだ。

「やりたい仕事」だけでは続かない理由

 視点3は「ライスワークとライフワーク」のバランスだ。

「ライスワーク」とは「ライス=ご飯を得るためにやる仕事」という意味で、生活費を稼ぐための仕事。一方、ライフワークは「ライフ=人生を得るためにやる仕事」という意味で、自己実現のため、人生を充実させるための仕事のことを言う。

 できれば、誰だってライフワークと思える仕事に全力投球したいものだ。しかし、そういった仕事は安定性がなかったり、十分な収入を得られなかったりするケースも多い。

 そのため、山口氏は「人生には大きな不確実性が伴うため、選択肢が減るようなアクションは基本的に悪手と考えるべき」と指摘する。

 例えば、ビジョンに共感するNPOに参加したいと考えた時に、「本業を辞めないと参加できないか」を考えてみる。営利組織と非営利組織にはそれぞれ長所・短所があるため、「どちらかだけを選ぶ」よりも「どちらにも関わる」ことで双方のネガを補完的に打ち消すことができる。

 本業で安定的な収入を得ながら、興味があるNPOにも参加できれば、より持続可能性が高くなるというわけだ。

仕事も集中と分散が重要

 このように考えると、兼業・副業をすることは良いことづくめのように思える。しかし、山口氏は、「兼業・副業が常態化することで生まれるキャリアへのネガティブな影響もあると考えている」と指摘する。

 つまり、人生においては、自分の時間や能力、精神を集中させなければならない「勝負どころ」がある、というのだ。

 確かに、何かに集中して経験を重ねていくことで身に付く能力や成果があるはず。それを「ポートフォリオが重要なので」と複数の仕事に分散させてしまうことで、どれも身にならないという可能性はあるだろう。

したがって、いくら「これからのキャリアは兼業・副業が常態化する」といっても、個々人の状況に応じて、戦略資源の集中と分散の度合いは、戦略的にダイナミックに変動させなければならない、ということです。(P.208)

 自分が身につけたい能力や経験にしっかり時間を投下して成長しつつ、次のステップを考え始めるときに、ポートフォリオを意識してみるといいだろう。ある程度経験を積んだ、30代くらいからが良いのかもしれない。

 これからの時代、仕事は一つに絞るものではなく、組み合わせていくものになる。自分はどのようなポートフォリオを持つのか。一度立ち止まって考えることが、次の一手につながるはずだ。