これはおそらく、今回当事者となった芸人個人の問題というよりも、ここ数年で構造的な「旧来の体質」に疑問を持つ人が増えたからでもあるのだろう。

 縦社会の中で後輩が先輩に逆らえない風潮や、ハラスメントが発覚してからの隠蔽。そういった見えない抑圧が楽しげなエンタメの世界にも存在している。

 SNS上で騒動が長引く背景には、単純な「野次馬根性」だけではないものもある。

決着点が見出せない
SNS上の議論

 危ういのは、誰も落としどころがわからない中で、「告発」が多くの人の注目を集めてしまうところだろう。

 一昔前であれば、マスコミがどのように報じるかや、有名人の鶴の一声で風向きが変わりやすかった。タレントの好感度は、大手芸能事務所がコントロールしやすかったと言える。

 しかしマスコミの信頼度が失墜し、大手芸能事務所での問題が次々に明らかになる中で、「身内による火消し」や「内輪での収束」に対して懐疑的な視線を向ける人も増えた。

 近年は、後になって「実は長年ハラスメントが放置されていた」と発覚するケースも少なくない。「またうやむやにするつもりではないか」「意見が言いづらい側を黙らせていない」といった不信を招きやすくなっている。

 しかし現在のSNSは「誰が悪いか」を決める速度は速いが、「どのように終わればよいのか」を考えるのは極端に苦手でもある。騒動を長引かせることに長けた人はいても、終わらせることができる人はいない。アルゴリズムは和解や収束よりも、対立や断罪を拡散する傾向が強いと感じる。別の炎上騒動に話題が移るまで終わらないだろう。

 今回の騒動は、「暴露」がエンタメとして消費される現代的な空気の反映でもあった。配信番組で語られた「裏話」は、切り抜きやネットニュースによって瞬時に拡散される。実名を伏せた状態での告発は、視聴者による「特定」を誘発しやすく、参加型コンテンツのように流通していく。

 そして一度、社会的制裁の空気が生まれると、当事者同士が和解したとしても簡単には止まらない。スポンサー企業もまた、真相そのものより、炎上がどこまで延焼するかを無視できない時代になっている。

 芸人文化の変化、SNS時代の暴露、そして終わらない炎上。今回の騒動は、単なる芸人同士のトラブルを超え、「告発」と「和解」の間で、社会がまだ適切な着地点を見つけられていないことの表れにも見えた。