生成AI、リモートワーク、副業――働き方が多様になり、会社との距離感も人それぞれになった今、「この先どう働けばいいのか」と足元が揺れる感覚を抱く人は多いだろう。そんな時代にこそ効きそうなのが、経営学者ピーター・ドラッカーの視点だ。『マネジメント エッセンシャル版――基本と原則』を読めば、変化に振り回されず働くことの本質を見すえる軸が手に入るだろう。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

ドラッカー 自由な働き方

働く足場が揺れている

 ここ数年で、働くことをめぐる景色は大きく変わった。一つひとつは別々の出来事に見えて、実は同じ一つの流れの中にある。

 生成AIが資料づくりやデータ整理を肩代わりし、仕事の中身そのものが変わりつつある。リモートワークや副業も広がり、「どこで・誰と働くか」も自由になった。

 同時に、終身雇用を前提に会社と固く結ばれていた時代は遠ざかり、組織との距離感は人それぞれになった。会社にぶら下がらない働き方が、当たり前になりつつある。

 仕事の中身、働く場所、会社との関係――その三つが一度に揺れている。だからこそ多くの人が、「自分はどう働けばいいのか」という足場の不確かさを感じているのだ。

「仕事」と「働くこと」はなぜ違うのか

 足場が揺れるときこそ、立ち返るべき土台がいる。ドラッカーは、その土台として「仕事」と「働くこと(労働)」は根本的に違うと述べる。ただし、別々に切り離せる二つの作業という意味ではない。

 両者は、同じ一つの働く行為を見るときの二つの「面」だ。本書は、仕事をするのは常に人であり、両者は分かちがたく重なっていると説く。そのうえで、仕事の生産性に必要なものと、人が生き生きと働くために必要なものは違う、というのだ。

「仕事」とは課題そのもの、つまり片づけるべき中身を指す。一方の「働くこと」は、その中身を担う生身の人間の活動であり、そこで動くのは論理ではなく、疲れややりがい、人とのつながりといった「力学」である

 ここで本書の指摘が、いまになって重く響いてくる。

働く者が満足しても、仕事が生産的に行われなければ失敗である。逆に仕事が生産的に行われても、人が生き生きと働けなければ失敗である。

――『マネジメント エッセンシャル版』より

 成果が出ても人が疲れ切っていれば失敗であり、人が満足していても成果が出なければ失敗だ。本書は、その両方を同時に成り立たせよと求める。仕事の効率だけを追えばいい、という話ではないのだ。

ドラッカーが挙げた「働くことの5つの意味」

 では「働くこと」には、どんな力学が潜んでいるのか。ドラッカーは、そこに五つの次元があると整理する。

 体の疲れに関わる「生理的」な面、心の満足に関わる「心理的」な面、人とのつながりに関わる「社会的」な面、お金に関わる「経済的」な面、組織内の権限に関わる「政治的」な面だ。働くという一つの行為に、これだけの意味が折り重なっている。

 まず心理的な側面について、本書ではこう述べられている。

人にとって、働くことは重荷であるとともに本性である。呪いであるとともに祝福である。それは人格の延長である。自己実現である。

――『マネジメント エッセンシャル版』より

 働くことは、ただ生活費を稼ぐ手段ではない。自らを定義する行為であり、自分が何者かを確かめる営みでもあるというのだ。

 もう一つ見逃せないのが、社会的な側面である。本書は、働くことが人と社会をつなぐ主たる絆になると指摘する。職場での結びつきが、ときに家族との結びつき以上の意味を持つことさえあるという。

 会社との距離が広がるいま、この指摘は重い。組織と適度な距離を取るのは健全だが、働くことが持つ「社会とつながる力」まで手放してしまえば、人は思った以上に孤立しかねないだろう。

人の比重が増していく

 ここまでの整理を、いまの変化に重ねてみよう。あくまで一つの見方だが、希望のある景色が見えてくるはずだ。

 よく「AIにできない作業を見つけて逃げ込もう」と語られる。だが生成AIは、要約や下書きのように手順の決まっていない判断の領域にまで入り込んでいる。ドラッカーも、知識労働はそもそも生産性を測ることも定義することも難しいと認めており、「機械にできない作業」を砦にする発想は、思うより脆いかもしれない。

 だとすれば、人の拠り所は作業の種類ではない。AIが仕事の中身を肩代わりするほど、人が担う部分でこそ問われる人間にしか出せない価値――自己実現や社会とのつながりの比重が、相対的に高まっていく。

 しかも本書は、同じ作業の反復が人を疲れさせ、変化や多様性こそ人を生き生きさせると説く。退屈な手作業をAIに渡せることは、その意味で人を解放する動きだといえるかもしれない。

 変化が激しい時代ほど、「何のために働くのか」という問いの重みは増していく。働くことの意味やつながりは放っておいて残るものではなく、自分の手で守り、育てるものへと変わる。

 本書は、働くことを失った社会では、人が「人格の危機」に直面すると警告する。裏を返せば、働くことに意味がある限り、人の出番は消えないということだ。

 AIに任せられるものは任せ、働く場所や会社との関係は柔軟に選ぶ。そのうえで「働く意味」だけは手放さない――その構えこそ、変化の時代を生き抜く確かな足場になるはずだ。

*この記事は、『マネジメント エッセンシャル版――基本と原則』をベースに、独自の視点を入れて書き下ろしたものです。