ほんの少し前まで盤石に見えた事業が、ある日突然、足元から崩れていく。生成AIの台頭で「自分の仕事はあと何年もつのか」という不安と、「いま話題の成長市場に飛び込むべきではないか」という焦りに揺れるビジネスパーソンも少なくないだろう。そんな現代の悩みに、著作『チェンジ・リーダーの条件 みずから変化をつくりだせ!』において30年以上前から処方箋を示していたのが、ピーター・ドラッカーだ。この記事では、なぜ成功した企業ほど時代の転換期につまずくのか、そしてどうすればその罠を回避できるのかを、読み解く。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

順風満帆な企業が突然倒れる時代
世界中で「優等生」と呼ばれてきた大企業が、突然の業績悪化に見舞われる例が後を絶たない。日本でもかつての名門メーカーが事業売却に追い込まれたり、看板事業の縮小を迫られたりする光景は珍しくなくなった。
ドラッカーは『チェンジ・リーダーの条件』のなかで、こうした現象の原因を「マネジメントが下手だからではない」と断言する。むしろ多くの場合、彼らは「正しいこと」を真面目にやり続けている。問題は、その「正しさ」を支えていた前提のほうが、現実とズレてしまっていることにあるという。
原因は、マネジメントの方法が下手だからではない。マネジメントの仕方に失敗したためでもない。それどころか、たいていは正しく行っている。単に実を結びえないことを行うようになった結果にすぎない。
――『チェンジ・リーダーの条件』
これは個人にも当てはまる話だろう。これまで評価されてきた仕事のやり方が、いつの間にか「実を結ばない努力」に変わっている。努力の方向が間違っていれば、勤勉さはむしろ自らを追い詰めるのだ。
「事業の定義」という3つの前提
ではドラッカーが言う「前提」とは何か。本書では「事業の定義」という言葉で説明されている。
事業の定義は三つの要素からなると書かれている。第一に、社会・市場・顧客・技術といった「組織をとりまく環境」についての前提。第二に、その組織が何のために存在するのかという「使命」についての前提。そして第三に、使命を果たすために必要な「自らの強みと弱み」についての前提である。
第一の環境についての前提は、組織が何によって対価を得るかを明らかにする。第二の使命についての前提は、組織が何を意義ある成果とするかを明らかにする。経済や社会に対し、いかに貢献するつもりかを明らかにする。第三の自らの強みについての前提は、リーダーシップを維持していくためには、いかなる分野で抜きん出なければならないかを明らかにする。
――『チェンジ・リーダーの条件』
この三つが現実と噛み合っているうちは、組織も個人も成果を出せる。逆に言えば、どれか一つでも現実とズレ始めると、努力すればするほど空回りしていく。そして本書には、「人間がつくるものに永遠のものはない」とも書かれている。事業の定義は、必ず陳腐化するのだ。
「成長市場を無視したツケ」の教訓
本書では、米国の自動車メーカーGM(ゼネラル・モーターズ)のエピソードが印象的に語られている。同社はかつて、所得階層ごとに車種をきれいに並べる戦略でおよそ70年もにわたって繁栄してきた。だが1970年代末になると、消費者は所得ではなくライフスタイルで車を選ぶようになり、その前提が崩れた。
GMも頭ではそれを理解した。だが心底では信じきれず、つぎはぎの対策を重ねた結果、本来リーダーシップを取れたはずの軽トラックやミニバンという成長市場を取りこぼした、というのが本書の指摘である。
ここから、現代を生きる私たちは二つの教訓を引き出せるかもしれない。一つは、「過去の成功体験ほど捨てにくい」という事実。もう一つは、目の前で起きている「予期せぬ成功や失敗」から目をそらすと、本来勝てたはずの市場まで失うという厳しい現実だろう。
生成AIの普及で、自分のやってきた仕事が一気に陳腐化していくのではないか――そう不安に感じるなら、それはむしろ健全な感覚かもしれない。問題は、その不安を「気のせい」として処理してしまうことのほうにあるだろう。
二つの予防策
では、どう備えればよいのか。ドラッカーは本書のなかで、二つの具体的な予防策を示している。一つ目が「体系的廃棄」と呼ばれる手法だ。
これは、3年に一度すべての製品、サービス、流通チャネル、方針を根本的に見直し、「もし今これをやっていなかったとして、いまから始めるか?」と自問することである。続けるかどうかではなく、ゼロから始める価値があるかを問う。この問い直しは、個人のキャリアにもそのまま応用できそうだ。
二つ目の予防策は、「ノンカスタマー」、つまり自分の顧客ではない人たちに目を向けることだ。本書は、アメリカの百貨店が共働き女性という新しい消費者層を見落とし、商売を干上がらせた例を挙げている。共働き女性にとって買い物の決定要因は価格ではなく「時間」だった、というのがその説明である。
現代に置き換えれば、自社の商品を「買わない人たち」が、なぜ必要としないのか。生成AIで自分で業務を完結させてしまう人たちが、なぜ専用のサービスを使わないのか。こうした「利用していない層」の心理を無視して、目の前の顧客の声だけを聞いていては、変化の兆しは見えてこないのである。
安易な「成長市場参入」への警鐘
ここで、もう一つの現代的な不安にも触れておきたい。「自分の事業は陳腐化する一方だから、すぐにでも成長市場に飛び込むべきではないか」という焦りである。
本書を読むと、ドラッカーは安易な乗り換えにも慎重だったことがわかる。事業の定義の第二要素である「使命」と、第三要素である「自らの強み」が、新しい市場と合致しているかを冷静に検証せよ、というのが一貫したメッセージである。
アメリカの小売大手シアーズが証券会社を買収し、店内での証券販売を試みて大失敗した例を、本書では紹介している。消費者は金融上のニーズを消費財とは考えなかった、というのがその敗因だった。流行りの市場に飛び込めば救われる、という発想自体が、すでに「事業の定義」を欠いている証拠なのかもしれない。
大切なのは、自分の使命と強みを直視したうえで、環境の変化を読み直すことだろう。陳腐化への不安も、成長市場への渇望も、結局は同じ問いに行き着く。「自分は何のために存在し、何によって対価を得、いかなる強みで貢献できるのか」――この問いから逃げないかぎり、変化は脅威ではなく、機会になるはずだ。







