生成AIが急速に普及し、あらゆる仕事が効率化されると期待される現在。しかし、なぜか「生産性がこんなに上がった」という報告が少なすぎないだろうか。実は、この問題へのカギを30年も前に指摘していた人物がいる。ピーター・ドラッカーである。『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』には、知識労働者が生産性を飛躍的に高めるための原理が明快に示されている。本連載では、『知の巨人』『マネジメントの父』『未来を予見する者』さまざまな異名を持つドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

テクノロジーだけでは生産性は上がらない
生成AIが登場し、文章の下書きもデータ分析も、かつてないスピードでこなせるようになった。にもかかわらず、多くのビジネスパーソンが「仕事が楽になった」とは感じていない。それどころか、新しいツールの習得に追われ、かえって忙しくなったという声すらある。
この現象は、実は今に始まったことではない。ドラッカーは『プロフェッショナルの条件』のなかで、コンピュータが登場した時代にまったく同じことが起きたと指摘している。
30年前、われわれはコンピュータが事務要員を大幅に削減すると信じていた。そのためサービス業におけるコンピュータ投資は、素材加工における機械投資と同じように行われた。ところが人の数は増えた。生産性は、実質的にはほとんど向上していない。
――『プロフェッショナルの条件』より
つまり、新技術は「魔法の杖」ではないのである。コンピュータを導入しても人は減らず、生産性も上がらなかった。ドラッカーはこの事実から、知識労働において資本や技術は「生産要素」ではなく「生産手段」にすぎないと述べる。それらが生産性を高めるかどうかは、使う人間が何をやるかにかかっているのである。
この洞察は、生成AIにもそのまま当てはまるだろう。AIという道具を手にしても、そもそも「何のためにこの仕事をしているのか」を問わなければ、生産性の本質的な向上は望めないかもしれない。
最強の問いは「目的は何か」
では、知識労働の生産性を高めるにはどうすればよいのか。著者が本書で繰り返し強調するのは、きわめてシンプルな問いである。「何が目的か。何を実現しようとしているか。なぜそれを行うか」。これこそが、知識労働の生産性向上における出発点だとドラッカーは断言する。
肉体労働の場合、目的は自明だった。砂をすくう作業なら「砂を運ぶこと」が目的であり、「科学的管理」で知られるフレデリック・テイラーはその「やり方」を改善した。しかし知識労働では、そもそもその仕事自体が必要なのかどうかを問わなければならない。
手っ取り早く、しかも、おそらくもっとも効果的に知識労働の生産性を向上させる方法は、仕事の定義を見直すことである。特に、行う必要のない仕事をやめることである。
――『プロフェッショナルの条件』より
本書には、当時の生命保険会社がチェック項目を30から5に減らし、処理時間を15分から3分に短縮した例が紹介されている。生産性は5倍に向上した。やったことは「できるだけ安く、早く保険金を支払う」という目的に立ち返っただけである。
生成AIの時代にあっても、この原理は変わらないだろう。AIに何を指示するかの前に、「そもそもこの業務は必要か」と問うこと。ドラッカーならば、おそらくそう提言するのではないだろうか。
「不毛な忙しさ」を生む構造
ドラッカーはさらに、知識労働者の仕事が「分散化」し、本来の業務とは無関係な雑務に追われている実態を鋭く指摘する。本書で取り上げられているのは当時の看護師の例である。看護学校で学んだ本来の仕事、つまり看護のために使えている時間は全体の半分にすぎず、残りは書類仕事に費やされているという。
これは令和の知識労働者にも、そのまま重なる光景ではないだろうか。本来の専門性を発揮すべき時間が、報告書作成や会議出席で侵食されているのである。
生成AIは、「雑務の新たな担当者」となりうるのかもしれない。しかし、新たな雑務が発生する可能性にも注意すべきだ。コンピュータ導入時と同じ轍を踏まないためにも、「この仕事には、どのような価値を付加すべきか」というドラッカーの問いが欠かせない。
AIの時代こそ「人間の問い」が鍵になる
ドラッカーが本書を通じて伝えるメッセージの核心は、知識労働の生産性を左右するのは道具ではなく、「何が目的か」を問い、「行う必要のない仕事をやめる」決断ができるかどうかだということである。
生成AIは、テイラーの時代の「より賢い砂のすくい方」にあたる改善を、知識労働にもたらしてくれるかもしれない。だがドラッカーならば、おそらくこう問いかけるだろう。「その砂は、そもそもすくう必要があるのか」と。
AIにできるのは、与えられた問いに高速で答えることである。しかし、正しい問いを立てること、つまり「何のためにこの仕事をするのか」を考えるのは、あくまで人間の仕事である。ドラッカーが本書で述べる知識労働者の「自らの貢献について責任を負う」とは、まさにこの「問いを立てる力」を自ら磨き続けることにほかならないだろう。
ツールがどれほど進化しても、仕事の目的を定義し、本当に必要な仕事を選び取る力だけは、人間の側に残り続ける。ドラッカーが数十年前に示した原理は、生成AIという新たな道具を手にした今の私たちにとってこそ、切実な指針となるのではないだろうか。







