
「看護と奉仕の違い問題」にまたぶち当たる
「看護とは人の命を扱う仕事です。一つの間違いも許されません。ですが、人は間違いを犯すものです。ですから、間違いに互いに気付けるよう、共に働く仲間と協力するのも、看護の仕事では大切です」
りんができることは、こんなふうに生徒たちに説くことしかない。実際、りんは、看病婦たちに助けられ、教わってきた。土居ヒデ(池田朱那)はさっそく、疲れてうとうとしているツヤを起こすという手助けをする。
だが、ヒデは患者から手紙を投函することを頼まれると、躊躇する。
それは看護なのかわからなかったからだ。りんがついでがあるからと引き受ける。それを見たフユがヒデに「それくらいあんたがやればいいでしょう。取締は忙しいんだから」と注意。ヒデは憮然とする。
「一ノ瀬先生、それは看護なんですか?」
仕事と善意を厳密に分けたいヒデの考えも一理ある。それは、かつてバーンズ先生が言っていたことだ。「看護は仕事です。奉仕ではありません」。バーンズの教えはちょうどこの回の冒頭、喜代によって思い返されていた。
喜代がりんに共感したのは、りんが仕事を超えてでも、患者に寄り添おうとしていたからだ。今回もりんはそれほど負担にならないことだから患者の要望を引き受けた。休憩時間にやれることだとふんで。おそらく喜代もそうしただろう。
でも、そういうことが積み重なっていくと業務を圧迫していくおそれもある。なかなか難しい問題だ。
看護とは何か、改めてりんと直美が悩んでいるとき、直美が長屋から呼び出しを受ける。
あの元気だったトヨ(松金よね子)が倒れたのだ。
看護婦には診断はできない。病院で診てもらおうと直美は提案するが、長屋暮らしで、名字も勝手に「大家」とつけているようなトメたちは、病院にかかることなど不可能であるという現実があった。
お金は私が出すと言う直美の善意をトメは遠慮する。
「やっとこさ稼いだ金だろう。そんなことしたらバチが当たって余計悪くなっちまうよ。ごめんだね」
トメが気丈に振る舞っているのがわかる。いつも陽気に振る舞っている長屋の人たちだが、こうやってふと立ち上る貧困の実情。
仕事と勉強を両立させているツヤにも疲れがにじみ出し……。
ここで描かれているのは、生活費が必要で働いている人たちから、裕福な人たちの夢のために仕事が奪われていくジレンマだ。この問題に直美たちはどう向き合う? そこに向き合う覚悟は『風、薫る』にあるのか、気になる第65回!








