Photo:JIJI
元トヨタ自動車社長の奥田碩氏が8月8日、老衰のため93歳で死去したことが分かった。1955年にトヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)に入社。経理畑を歩み、95年にはトヨタの社長に就いた。創業家以外からの社長就任は28年ぶりだった。社長退任後は、トヨタ会長や経団連会長を務めた。トヨタを含めた大企業の経営者の意識改革の必要性を訴えていた同氏は「週刊ダイヤモンド」のインタビューに経団連会長として登場し、「老人がたくさんいるから、日本はおかしくなった」と指摘して、日本経済に警鐘を鳴らした。トヨタについても、「(自分が10歳若く社長になっていたら)もっと変わった」と語っていた。長期連載『自動車 “最強産業”の死闘』の本稿では、「週刊ダイヤモンド」2002年12月21日号の奥田氏のインタビューを再掲載する。(ダイヤモンド編集部)
経営者は偏差値より「人生の偏差値」が重要
大企業の風潮を変えるためトヨタも改革中
――構造改革の“構造”って何でしょう。定義が使う人によってバラバラに思えます。
制度、慣習、しがらみ……今の日本を規定するあらゆるものですね。それをどこからどうやって壊して、組み立て直していくか。
――でも、その道筋が見えにくい。何も進んでいないように思えます。
外から分かりにくいのは、小泉さんがいわば大きな網を張って、全体をすくい上げる方法を採っているから。一つの分野を集中的に改革すれば、変化は分かりやすいけれども、日本経済の仕組み全体を対象にしている。なかなか進んでいるようには見えない。でも、少しずつ網は引き揚げられている、ある時点まできて初めて全貌が見える。
――成果を求めるのが、性急過ぎるというわけですか。
日本人はせっかち過ぎる。成果を急ぎ過ぎ、結果が出ないから進んでいないのだ、とすぐ断定してしまう。私は、着実に進みつつあると思っていますよ。文科省の教育改革だって、動き出しているしね。
――確かに、米国でも1980年代から90年代にかけて、構造改革に10年はかかっていますね。
そう。レーガンさんやサッチャーさんの改革が目に見えるまで5〜6年、終結するまでに十何年かかかっている。それに比べて、小泉内閣はまだ2年もたっていない。
――せっかちというより、我慢がきかないのではないですか。構造改革は長期戦なのに。
国民性ですね。熱しやすく、冷めやすい。
――奥田さん自身は?
ものすごくせっかちですよ。公私共に、あらゆる面で(笑)。
――日本の構造は、確かに時代に合わなくなりました。しかし、リーダーたちがそればかりを強調するのは、当事者意識の欠如に思えます。自分の責任はない、というニュアンスがある。経営者たちの倫理観が薄れているのではないですか。
当事者意識を、責任感と言い換えるならその通りで、明らかに乏しくなった気がします。経営者の責任感の欠落が、今日の事態を招いた面は否定できない。国に対してさまざまな要求はするが、自分の会社の経営を必死にやっているかどうか。自分の意思決定の誤りを認識しない。また、そうした先人たちの背中を見てきた30代や40代の仕事に対する責任感、義務感も希薄になっている。
――なぜそうなったんでしょう。
戦後教育の問題でしょう。
――戦後の教育、ですか。
小さいときから受験勉強に対する偏差値の高い人が、一流大学を出て一流企業に入り、世の中の成功者のようにいわれるようになった。けれども、重要なのはその対極にある「人生の偏差値」とでもいうべきものだと思うんです。
小さい頃何かで傷ついたとか、女に振られて号泣したとか、絶望感に陥って酒びたりになったり彷徨したとか、温室育ちでない、いろいろな経験、屈託を経て培われる、そうした人生の偏差値がなくて、受験勉強の偏差値だけで評価されてきた人たちが企業のトップにいることに問題があるんです。
――トヨタでもそうですか。
やはりそうですよ。大企業もそうした風潮をつくることに加担してきたわけです。だから早くそれを是正していかなければならないということで、トヨタでは、新卒の半分は出身校を見ずに採用している。
経団連会長の立場で、日本企業経営者の「責任感の欠落」「義務感の希薄化」を指摘する奥田氏。日本経済全体に対しては、「老人がたくさんいるから、日本はおかしくなった」と警鐘を鳴らしていた。その真意とはいったい何か。次ページで明らかにする。







