ひとりでいる時間が多いことを、不安に感じる人は少なくないだろう。しかし、孤独に生きた哲学者の姿は、ひとりであることの意味を別の角度から教えてくれる。

ショーペンハウアー 欲望 無関心

ひとりの友達もつくらず、ひとりで生きた哲学者

ショーペンハウアーは、ひとりの友達もつくらず、ひとりで生きた人物として知られている。
家族もおらず、祖国とも呼べる場所を持たなかった。
彼のそばにいたのは、愛犬のアートマンだけだったという。
ショーペンハウアーは、このアートマンと散歩をすることを、日々の習慣としていた。

こうしたショーペンハウアーの生き方について、
ニーチェは著書『教育者としてのショーペンハウアー』のなかで、
「友人がひとりだけいるのか、ひとりもいないのかの違いは無限大だ」と書いている。
この言葉は、人間関係の「数」だけでは測れない、何かを示しているように感じられる。

孤独と社交性は、コインの両面である

ショーペンハウアーはひとりの友達もつくらず、ひとりで生きた。
家族もおらず、祖国もなかった。ただ愛犬のアートマンがそばにいるだけだった。
ショーペンハウアーはアートマンと散歩をするのが日課だった。
こんなショーペンハウアーについて、ニーチェは著書『教育者としてのショーペンハウアー』でこう書いている。
――友人がひとりだけいるのか、ひとりもいないのかの違いは無限大だ。
人間はひとりでいることを好みながらも、他人と一緒にいることも楽しむ。
孤独と社交性はコインの両面だ。ショーペンハウアーは、ひとり立ちできる力を強調した。
ひとり立ちして生きるには、他人から独立する術を知るべきだ、というのだ。

人間は、ひとりでいることを好む一方で、他人と一緒に過ごすことも楽しむ生き物だ。
孤独と社交性は、対立するものではなく、コインの両面のような関係にあるとされている。
ショーペンハウアー自身は、友人をほとんど持たない生き方を選んだが、
それは社交性を完全に否定するものではなく、「ひとり立ちできる力」を重視した結果だったと言える。

ひとり立ちして生きるためには、他人から独立する術を知っておく必要がある、というのが、
ショーペンハウアーの考え方だ。
これは、誰ともかかわらずに生きることを推奨しているわけではなく、
他人に依存しすぎず、自分自身の力で立っていられる状態をつくることの大切さを示している。

「ひとりでいられる力」が、人間関係の質を変える

友達の数が多いことや、常に誰かと一緒にいることが、
必ずしも充実した人生を意味するわけではない。
むしろ、ひとりでいる時間を自分なりに過ごせる力を持っていることの方が、
人との関わり方そのものを、より健全なものに変えていく可能性がある。

他人に依存しなくても自分を保てる状態をつくっておくことで、
誰かと一緒にいるときも、必要以上に相手に振り回されることなく、
落ち着いた気持ちで関係を築いていけるようになる。
ひとりの時間を恐れず、自分自身と向き合う力を育てていくことが、
結果として、人とのつながりの質を高めていくことにもつながっていく。

今日から試すなら、ひとりの時間を「寂しいもの」ではなく「自分と向き合う時間」として、少しだけ捉え直してみることだけでいい。

(本記事は『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』をもとに作成しました)