全世界45言語に翻訳され、累計600万部を突破したことで大きな話題を呼んでいる書籍がある。俳優や作家として活動する松井玲奈さんは、その本に描かれたエピソードに触れ、「自分の思いを言葉にし、他者と向き合うことが人生や仕事を前に進める力になる」と語る。
本連載では、松井さんに、表現者としての現在地、そして迷いながらも進み続ける原動力についてインタビューした内容を全4回でお届けする。最終回では、俳優としての葛藤を乗り越えるために大切にしている「人と人との対話」について話を聞いた。

【心が軽くなる】松井玲奈が語る、人生を好転させるために必要な“すごい習慣”

現場で学んだ、葛藤を乗り越える対話の力

――前回までの記事では、『世界の果てのカフェ』の中で描かれた「3つのエピソード」に関するお話を伺いました。ここからは、俳優としての活動についてもお聞きしたいと思います。
 役を演じるにあたって、ご自身の表現したいイメージと、監督や演出家から求められるもので意見がぶつかることもあると思います。そうした「葛藤」の真っ只中にいるとき、どのようにして乗り越えてこられたのでしょうか。

松井玲奈(以下、松井):本当に難しい問題です……。キャラクターの魅力を引き出せるかは自分の力量にかかっています。ただ、この仕事は徹底した「集団行動」が土台にあるもの。そのことに大人になってようやく心から納得できました。

 自分のやりたい方向だけに突き進むと、作品全体の調和が崩れてしまいます。「作品という大きなパズルの中で、自分はどうあるべきか」を俯瞰して考えるようになったのが、大きな転換点でした。自分が納得していないことがあれば、理解できるまで監督やスタッフさんと話したり、共演者の方と意見交換したりします。

 人は皆、自分の人生しか生きられません。

 経験を重ねるうちに想像力は養えますが、他者の人生の背景や葛藤、あるいは嬉しいことや辛いことなどの感情を、同じ温度で理解することは到底できないものですよね。

 それでも、役に関する対話を関係者と繰り返すうちに、ふとした瞬間に自分と重なる部分が見えてきて、ボヤけていたピントがパチっと合う。作品を一つの命として完成させるには、この泥臭いコミュニケーションの積み重ねこそが不可欠だと思っています。最初から頭ごなしに「この役は無理かもしれない」「納得できない」と決めつけてはいけないんですよね。

 他者を知ること、そして互いに理解を深めていくことが何よりも大事なんだということは、これまで多くの現場を経験する中で学んだことの一つです。

舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のオーディションも不安ばかりだった

――現在、TBS赤坂ACTシアターで公演中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』では、ハーマイオニー・グレンジャー役として出演されています。いかにしてオーディションに臨まれましたか。

松井:オーディションの話を聞いた瞬間、居ても立っても居られませんでした!

 子どもの頃から『ハリー・ポッター』が人生の一部で、ハーマイオニーのように「本の虫」と呼ばれたいと願っていたほど。だから「この役だけは、絶対に私が演じるんだ」と、これまでにないほど強く心に誓いました。

 凄まじい熱意の裏で不安も山積みでした。ロングラン公演を戦い抜く体力はあるか、こんなにも人見知りな私が、カンパニー(舞台に参加する役者・監督・スタッフなど、公演に関わる人たちの集団)に馴染めるのか……、恐怖に近い感覚さえありました。

 でも、やる前から不安という壁で身の回りを固めてしまったら、自分がやりたいことに向き合えなくなるもの。まずは、心にある不安をすべて紙に書き出して、視覚的に整理することから始めたんです。オーディションという一点に集中し、足りない部分は何なのか、どうすれば自分をアピールできるのか、一つひとつの懸念点と向き合いました。不安を「敵」にするのではなく、克服すべき「課題」に置き換えたんです。マネージャーさんとも話し合いましたが、「とりあえず受けてみよう、受かったらそういうことだ」と考えました。

――これまでのインタビューで紹介いただいた「思いを宣言する」「不安を紙に書き出す」などは、よりよい人間関係を構築するために必要なポイントだと感じました。そのうえで、松井さんなりのコミュニケーションのコツはありますか。

松井:コミュニケーションは得意な方ではありません。休みの日には一人で行動することも多いです。ですが、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』に携わってからは、気持ちに変化があったように感じています。

 お稽古をしているとき、海外チームのスタッフさんたちが来てくださいました。演技に対する姿勢や技術的なアドバイスだけでなく、「今日の髪型メチャクチャいいね」「その服いい色だね、すごく似合っている」と声をかけてくださったんです。そうやって声をかけられると嬉しくなって、相手に対する警戒のハードルや壁が少し下がる感覚がありました。

 カンパニーに入ったとき、これまで3年間の公演を作り上げてこられた方たちの中に、4年目のチームとして私たちが入りました。始めの頃はお稽古も一緒にやっていなかったので、あまりコミュニケーションが取れていなかったんです。

 そこで、勇気を出して海外スタッフの振る舞いを真似することから始めました。「今のお芝居、最高でした!」「その靴、すごく似合っています!」と、心に浮かんだポジティブな感想を伝えるようにしたんです。そうすると、驚くほどスムーズに輪が広がり、あんなに不安だったカンパニーが今では最高に居心地の良い場所になりました。

 見た目のことに触れるのはシビアな問題になりがちです。ただ、その人がしてくれたアクションが自分にとって嬉しかったり、身に着けているアイテムや物事に向き合う姿勢などが素敵だなと思ったりしたことは素直に口に出す。自分の気持ちを前向きな言葉にして相手に伝えることで、いいコミュニケーションが取れるようになってきたと感じています。

松井玲奈が見ている未来

――最後に、本書『やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ』のタイトルに絡めて、松井さんが今後やりたいことを改めてお聞かせください。

松井:今、自分の内面を「書き出す」ことに救われています。悩みも不安も、文字にすることで「やりたいこと」への道標に変わる。この「書くことで心をリセットする習慣」を、もっと多くの人に伝えていきたいです。

 書くという意味では、エッセイを出し続けていくことも目指しています。先日、知り合いがいる盛岡まで遊びに行きました。鉄道に乗って旅をしたのですが、その過程で体験したことを文章として残したいと思いました。

 「旅」を題材にしたエッセイを作ることが夢なんです。新幹線が好きなので、各駅にまつわることを書いたり、ご当地グルメに関することを書いたりと、旅と自分の思い出がリンクするようなエッセイを作れたらいいなと思っています。

――お芝居の面では、いかがですか。

松井:すごく苦手意識があるのですが、「コメディ」に全力で挑戦したいと思っています!苦手というのは、未経験だから生まれる感情だと思っていて、やってみないと一生磨かれない。

 特に一切の誤魔化しが効かない「舞台でのコメディ」で、自分の腕を試してみたいです。映像の笑いは、もちろん本人のスキルによるところもありますが、編集で面白くしてもらえる部分が少なからずあると思います。生ものである舞台は替えがきかないので、本当に腕が試されます。

 舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は、ロン役の方々が本当に面白いんです!私は、その面白さを潰さないよう必死に食らいついている状態で……。ロンがウケていない日は、私のテンポが良くなかったなと反省し、終演後に「すみません、私の間が悪かったです」と謝ることもあります。

 狙って笑わせるのではなく、役として真剣に生きている姿が、結果として可笑しく、愛らしく見える。そんな次元の表現を目指して、コメディという壁に挑みたいと思っています。

(本稿は、ジョン・ストレルキー著『やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ』<鹿田昌美訳>に関連した特別インタビュー記事です)

松井玲奈(まつい・れな)
1991年生まれ、愛知県出身。2008年デビュー。
近年の主な出演作は、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』、大河ドラマ「どうする家康」、連続テレビ小説「おむすび」ほか。
2019年に小説家デビューし、作家としても活動中。最新作は『ろうそくを吹き消す瞬間』。