「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営や組織の悩みについて坂田氏に話を聞きながら、同書の考え方を現在進行形の課題へと結びつけていく。
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「最も危険な場所」が、なぜ「最も熱い投資先」になったのか
地政学リスクが高まると、企業はどう反応するだろうか。
サプライチェーンを見直し、拠点を分散し、新たな投資を控える。つまり、「守り」に入るのが一般的だ。リスクのある場所からは距離を置くことが、企業経営の常識とされてきた。
ところが今、その前提だけでは説明できない国がある。ポーランドだ。
ロシアと国境を接し、ウクライナ情勢の影響を強く受けるこの国に、近年、世界のトップ企業と投資マネーが次々と集まっている。
Foxconnは史上最大級の対内投資を計画し、ポーランドで半導体やEV関連の事業展開を進める。そして、Googleは数十億ドル規模の投資を行う方針を示した。この投資は、ポーランド経済を大きく押し上げると期待されている。また、MicrosoftもクラウドとAIインフラに7億ドルを投じている。
地政学的には最も緊張感の高い地域の一つでありながら、なぜ世界の企業はこの国を選ぶのだろうか。
「欧州の戦略拠点」へと出世したポーランド
人口約3,800万人、EUで5番目の人口規模を持つポーランドは、かつて「ポーランドの配管工(Polish plumber)」という言葉で象徴されたように、「安い労働力を供給する国」というイメージだった。インドが「安いIT人材の供給国」と見られていたのと似た構図だ。
しかし、その姿は大きく変わった。
2010年代を通じて高い経済成長を維持してきたポーランドは、2025年に名目GDPが1兆ドルを超え、世界トップ20の経済規模に入る見通しだ。対内直接投資も堅調に推移しており、EU復興基金に加え、隣国ウクライナの復興需要という新たな追い風が吹く中で、今や「東欧の優等生」を超え、「欧州の戦略拠点」として存在感を高めている。
こうした変化の背景には、産業政策だけでは説明しきれない構造がある。そして、その鍵となっているのが、地政学だ。
軍事費が経済成長を後押しする理由
実はポーランドは軍事費を増やしながら、同時に経済成長も実現している。ここが、この国を理解する上で最も興味深いところだ。
ポーランドの国防費は、GDP比で2022年の2.3%から2025年には4.7%へ急増した。2026年には4.8%、約8兆円に達すると見込まれており、NATO加盟国の中でも突出した水準となっている。また、2025~2035年の累計で、約76兆円に達するという予測もある。
通常であれば、こうした軍事費の増加は財政の負担となり、民間投資を抑制する方向に働くと考えられる。
ところが、ポーランドでは逆のことが起きている。
軍事近代化への投資は、防衛関連産業だけでなく、より幅広い分野への投資も呼び込み、結果として経済成長を下支えしている。安全保障への投資と経済成長が、同じ方向を向いているのだ。
これは、ポーランドが軍事費を「コスト」ではなく「戦略的なシグナル」として活用していることによるものだ。「この地域に本気でコミットする」という明確な姿勢が、軍需産業だけでなく西側企業や投資家を引き寄せる強力なメッセージとなっている。
地政学リスクを戦略的な価値へ転換する
ポーランドの発想を簡単に整理すると、以下のようになる。
「ロシアが脅威」→「安全保障への投資を強化する」→「投資環境への信頼が高まる」→「企業・資本が集まる」→「経済が成長する」
偶然ではなく、国家戦略としてこの構造を形成してきた。
多くの国は、地政学的な脅威を「コスト」として受け止める。
しかしポーランドは違った。脅威を受け身に処理するのではなく、「我々の地政学的ポジションには価値がある」と積極的に発信し、それを投資誘致のロジックに転換した。
半導体産業がその象徴だ。
現在、欧州が担う半導体生産は世界全体の約10%にとどまっている。米中対立を背景にアジアへの依存を見直そうとする欧州全体の流れと、「西側の最前線」というポーランドの地政学的ポジションが重なり、世界のテクノロジー企業が次々と投資を決断した。
さらに注目すべきは、中国との距離感だ。
ポーランドはEUによる中国製EVへの関税措置を支持し、対中投資審査の強化にも賛成票を投じた。中立を維持するのではなく、自らの立ち位置を明確に示したことで、西側企業にとって「安心して投資できる拠点」という評価を獲得した。
コミットメントが、信頼を呼び、投資を呼ぶ
では、こうしたポーランドの戦略の本質とはどこにあるのだろうか。
それは「曖昧さの排除」にある。
自らの地政学的な立場を明確にし、軍事費という数字で本気度を示し、西側のサプライチェーン再編という世界的な流れの中で、自らを「不可欠な存在」と位置づけた。
これは企業戦略にも、欠かせない視点だ。戦略とは、「何をするか」を決めるだけではない。「何をしないか」を決めることでもある。つまり、「自社のポジションを明確にし、そこへの投資でコミットメントを証明する」ということだ。
こうした考え方は、拙著『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』でも繰り返し取り上げてきたテーマである。弱みや制約を所与として受け入れ、むしろそれを戦略的な資源へ転換する。そこから逆算して「自分にしかできない」ポジションを作ることで勝ち筋を見極める。
ポーランドは「中立」という選択肢を捨てることで、自らの立ち位置を極めて明確にし、世界中の企業や資本の信頼を呼び込んだ。こうした戦略的発想を国家レベルで実践した、極めて象徴的な事例といえる。
地政学リスクは、戦略次第で価値に変わる
世界は今、米中対立という大きな地殻変動の中にある。
その変動の中で最も注目すべき問いは「どこがリスクの低い場所か」ではない。「どこが戦略的に価値を持つか」だ。ポーランドはその問いに、いち早く、そして大胆に答えを出した。
「最も危険な場所」を「最も信頼できる場所」に変え、世界のトップ企業を引き寄せた。
そして今、同じ問いが企業にも突き付けられている。
地政学リスクを単なるコストとして捉えるか、それとも自社の戦略的ポジションを示す機会として活用するか。その違いが、将来の競争力に少なからず影響を与える可能性がある。ポーランドの選択は、その問いを考える上で、一つの示唆を与えてくれるのではないだろうか。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




