「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営や組織の悩みについて坂田氏に話を聞きながら、同書の考え方を現在進行形の課題へと結びつけていく

GoogleはインドでAIを作り、Boschはインドで特許を量産する。その深い理由とは?Photo: Adobe Stock

GCC(Global Capability Center)とは?

 GoogleはインドでAIを開発し、Boschはドイツ本社よりも多くの特許をインドから生み出しています。かつて「コストの安い開発拠点」と見られていたインドで、今何が起きているのでしょうか。

 その鍵を握るのが、GCC(Global Capability Center)です。

なぜGoogleやBoschはインドに「能力」を集めるのか

――最近、「インドのGCC」という言葉をよく耳にしますが、具体的には、どのような動きが起きているのでしょうか?

 GCCとは、多国籍企業が海外に設立する自社の戦略拠点のことです。外注や下請けではなく、あくまでも自社の内製拠点という位置づけになります。

 その中でも急成長するインドに注目すると、インド全土には1,700社以上(2024~2025年時点)のGCCが存在し、約190万人のプロフェッショナルが働いています。市場規模はすでに646億ドル(約10兆円)に達し、2030年には1,000億ドルを超えると予測されています。

 これは単なるオフショア活用のブームではありません。世界の大企業が、インドを「新たな能力を生み出す場所」として位置づけ直しているのです。

――GoogleやBoschの事例も話題になっていますね。

 GoogleはインドのGCCをAI・機械学習の主要開発拠点として活用しており、グローバルの製品開発に直結する仕事を担わせています。もはや本社の補助という立場ではなく、インドチームが主体となってプロダクトを生み出しています。

 Boschの事例はさらに象徴的です。ドイツに本社を置くBoschのインド拠点(ベンガルール)は、今やドイツ本社よりも多くの特許を出願しています。インドのGCCが単なる実装チームではなく、知的財産を生み出す源泉になっているのです。

 MicrosoftやGoldman Sachsも同様です。Microsoftはインドのチームに次世代クラウドサービスの開発を委ね、Goldman SachsはインドのGCCをグローバル金融テクノロジーの中枢として機能させています。

 いまインドは「コストの安い工場」から、「イノベーションの震源地」へと変貌しています。

インドが「世界の下請け」から「イノベーション拠点」になった理由

――なぜ世界のトップ企業は、これほどまでにインドへ能力を集めているのでしょうか?

 よく「インドは人件費が安いから」と言われますが、それは本質ではありません。確かに米国と比べればコストは低いですが、今や優秀なインドのエンジニアの報酬は決して低くありません。

 重要なのは、「コストが安い」ではなく「価値創出の密度が高い」という点です。

 具体的な理由は、大きく三つあります。

 第一に、人材の絶対量です。インドには約330万人のソフトウェアエンジニアがおり、AI・機械学習領域だけでも米国に次ぐ規模で、約45万人の人材がいます。英語での業務が可能で、欧米型の働き方との親和性も高い人材が豊富に存在します。

 第二に、リーダーシップ人材の台頭です。インドのGCCで育ったグローバルリーダーの数は過去5年間で急増し、すでに6,500人以上がグローバルリーダーシップポジションを担っており、2030年にはこれが3万人を超えると予測されています。インドはもはや、「指示を受けて動く場所」ではなく、「グローバル経営を担う人材を輩出する場所」になっているのです。

 第三に、エコシステムの成熟度です。IIT(インド工科大学)をはじめとする世界水準の大学群、スタートアップとの連携、政府による支援制度など、GCCを支える基盤が整っています。実際、ベンガルールやハイデラバードは、世界有数のテクノロジーハブとして機能しています。

日本企業が問われる「外注」か「内製」かという発想転換

――日本企業はこの流れにどう乗っているのでしょうか?

 数字だけを見ると、日本企業はまだ少数派です。インドにGCCを持つ企業のうち、米国企業が1,090社、欧州・中東・アフリカの企業が480社。それに対して、アジア太平洋地域の企業は約140社で、そのうち日本企業はわずか約50社です。

 しかし、ソニー、日立、トヨタ、デンソー、楽天、MUFG、みずほ、NECなどはすでにインドにGCCを展開しています。スズキもIITハイデラバードと共同でSuzuki Innovation Center(SIC)を設立し、スタートアップとの連携を進めるなど、具体的な成果も生まれています。

 日本企業のGCCは、2028年までに150拠点・35万人規模への拡大が見込まれており、動きは確実に加速しています。

――GCCをイノベーション拠点として使いこなすために、最も重要なことは何でしょうか?

 最も重要な問いは、「GCCを外注先として見るか、内製拠点として見るか」という意識の違いです。

 欧米企業が成功している理由は、GCCを「本社の意思決定を実装する場所」ではなく、「自律的にイノベーションを生み出す場所」として設計しているからです。権限と責任を現地チームに委譲し、インド発のアイデアがグローバル製品へ組み込まれる仕組みを作っています。

 一方で、うまくいかないケースに共通するのは、本社が意思決定権を握り続け、現地が受託的に動く体制になっている点です。優秀な人材ほど、自律的に考え、価値を生み出せる環境を求めます。

 ところが、現地が本社の指示を実行するだけの組織になってしまうと、その力を発揮できません。その結果、優秀な人材ほど離れていきます。やがてGCCは新しい価値を生み出せなくなり、コスト削減だけを担う拠点になってしまうのです。

 GCCを真のイノベーション拠点にするためには、「何を任せるか」という機能設計と、「どう権限を渡すか」というガバナンス設計の両方が欠かせません。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

 インドのGCCは、もはや一部のグローバル企業だけのものではありません。競争力を維持したいすべての企業が検討すべき選択肢になっています。

 GoogleがインドでAIを開発できるのは、「インドチームに世界水準の仕事を与えた」からです。

 Boschがドイツ本社以上の特許をインドから生み出せるのは、「インドを信頼して任せた」からです。

「コスト削減のための拠点」としてインドを見るのではなく、「ケイパビリティを生み出す拠点」として位置づけるという発想への転換。それこそがGCCの本質であり、これからのグローバル競争における大きな分岐点になると私は考えています。

坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。