「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営や組織の悩みについて坂田氏に話を聞きながら、同書の考え方を現在進行形の課題へと結びつけていく

米国にも中国にも配慮するメキシコが陥った罠。「どちらにもいい顔」が最も危険な理由Photo: Adobe Stock

輸出大国が、なぜ豊かになれないのか

 2023年、メキシコは中国を抜いて米国への最大の輸出国になった。

 2024年の対米輸出総額は4,666億ドル。米国の輸入全体の15.6%をメキシコが占める。数字だけ見れば、米中対立の「最大の勝者」に見える。

 ところが実態は違う。

 海外からの直接投資(FDI)は記録的水準に達している一方で、国内投資は力強さを欠き、特に公共投資の減少が全体の投資動向の重しとなっている。外資は集まっているにもかかわらず、その恩恵は国内全体へ十分に波及せず、豊かさにつながっていないのだ。

 なぜ、こんな逆説が起きるのだろうか?

ニアショアリングの勝者、メキシコ

 米中対立が激化した2018年以降、メキシコには世界中から工場が集まった。

 理由は明快だ。米国と国境を接し、陸路で2~5日以内に主要都市へ製品を届けられる。USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)によって、メキシコで生産した製品は事実上、関税ゼロで米国市場へ輸出できる。

 その結果、自動車、電子機器、航空宇宙産業など、製造業の集積が急速に進んだ。自動車産業だけでも、2024年のメキシコ総輸出の31.4%、約1,939億ドルを占めている。

 また、Amazonによる50億ドル、DHLによる40億ドル、日系自動車サプライヤーによる180億ドルなど、すでに進出している外国企業も相次いで追加投資を行い、事業規模を拡大している。

 数字だけを見れば、メキシコはニアショアリングの恩恵を最も大きく受けた国の一つに見える。

豊かさを阻む「通過点」の罠

 しかし、工場が集まることと、富が国内に蓄積されることは別の話だ。

 メキシコに進出した工場の多くは、部品を輸入し、組み立てて、輸出する。付加価値の低い工程だけがメキシコに置かれ、設計、研究開発、商品企画といった高い付加価値を生む機能は本国に置かれたままだ。

 国内企業がサプライチェーンへ参入する前に、外資系企業だけで完結する構造ができあがってしまう。その結果、輸出は増えても、利益や技術が国内に十分蓄積されにくい。

 さらに深刻だったのが、中国企業の存在である。中国企業は、米国の対中関税を回避するため、メキシコに工場を設立し、「Made in Mexico」として米国へ輸出しようとした。

 その結果、2024~2025年には、工業団地の新規入居企業の約17%を中国企業が占めるまでになった。これが米国の警戒感を一気に高めた。

板挟みになるという「第三国」のリスク

 ここに、メキシコが抱える構造的な問題がある。

 米国は「中国企業の迂回路になるべきではない」と圧力を強めた。これを受けてメキシコ政府も、中国製品への関税引き上げや、中国企業によるUSMCA活用の制限に動いた。

 その結果、2025年には、中国からメキシコへのFDIは前年比80%減まで落ち込んだ。

 その一方で、部品や素材の多くを中国に依存しており、中国との経済関係を完全に断つこともできないという大きなジレンマを抱えている。

 メキシコは、米国にも中国にも「いい顔」をしようとした。しかし、その結果として両国から圧力を受ける「綱引きの場」となってしまった。

 どちらにも軸足を置かない「第三国」であることは、一見すると柔軟に立ち回れるように見える。しかし実際には、双方の思惑がぶつかる場となり、自らの意志だけでは戦略を選びにくい立場にもなり得る。

 どちらの陣営も、第三国を「自分たちの都合のいいように使おう」とする。そこに自らの明確な戦略がなければ、使われるだけで終わる。

ポーランドとの決定的な違い

 前回の記事で取り上げたポーランドと比較すると、この違いはより鮮明になる。

 ポーランドは、西側に軸足を置くことを明確に示した。その姿勢が、高付加価値投資を呼び込み、技術や産業基盤が国内に根付き始めている。「最も危険な場所」が、「最も信頼される投資先」へと変わったのである。

 一方、メキシコは、どちらにもオープンであることを強みにしようとした。

 しかし、それは裏を返せば、どちらにも軸足を置いていないということでもある。工場は集まる。しかし、高い付加価値を生む機能は残りにくい。輸出は伸びる。しかし、富は蓄積されない。

 地政学的な立ち位置を曖昧にしたまま経済的な恩恵だけを得ようとすることの難しさを、メキシコは示している。

戦略とは、「何を選ばないか」を決めること

 メキシコの逆説は、地政学が経済に直接影響する時代を象徴している。

「どちらにも配慮する」という選択は、リスクを分散しているように見えて、実は最もコストの高い選択かもしれない。

 なぜなら、明確なコミットメントを示さない国には、長期的な信頼は蓄積されにくいからだ。投資家も企業も、最終的には「この国は何を大切にしているのか」を見極めようとする。

 拙著『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』で論じてきたのも、この点である。戦略とは「何をやるか」を決めることではなく、「何をやらないか」を決めることだ。メキシコの事例は、その問いが国家レベルでも極めて重要であることを示している。

 米中対立が長期化する今、「第三国」という立場の意味は大きく変わりつつある。地理的な優位性だけでは、豊かさは持続しない。問われるのは、自らの立ち位置をどう戦略として設計するかである。

坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。