「中国産ワイン」と聞いて侮ってはいけない。今や中国は世界第3位のぶどう栽培面積を誇り、1本10万円を超える超高級ワインも生まれている。なぜ中国政府は、内陸の乾燥した砂漠地帯に最新のスマート農業を導入し、巨大な銘醸地へと造り変えたのか。黄砂対策から貧困解決まで、ワインを国益のツールとして使いこなす中国の恐るべき国家戦略を紐解く。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

1本10万円! なぜ「中国の砂漠地帯」が、世界屈指の高級ワイン産地に変貌したのか?Photo: Adobe Stock

眠れる獅子の逆襲

今世界のワイン市場で熱い視線を浴びているのが、実は中国です。

日本でも中国ワインセミナーが続々と開かれ、高級ホテルや名だたるレストランのワインリストにも、その名が連なり始めています。

イメージだけで「中国ワインなんて……」と言っていては、確実に時代から取り残されてしまいます。

特筆すべきは、プレミアムワインの驚くべき品質です。

五大シャトーのラフィットを有する〈ドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト(DBR)〉が中国で造る「ロンダイ」は1本約10万円、〈LVMH〉が雲南省の高地で造る「アオ・ユン」は約6万円。

さらに、ヒマラヤの麓、チベット高原で造られるカルトワイン「ダン・シェン・ディ(Dan Sheng Di)」の最上級「Sulu(蘇魯)」に至っては、日本のワインリストで150万円で販売されているというから驚きです。

寧夏(ニンシャ)やウイグルなど中国各地でも、品質にこだわるブティックワイナリーが台頭しています。

チャイニーズ・プレミアム

フランス章で触れたように、かつて中国富裕層は高級ボルドーワインを買い漁りました。

しかし、2012年以降の政府による度重なる倹約令(公金による贅沢禁止)や中国バブルの崩壊を経て、彼らの欲望は「買う」から「自分で造る」へとシフトしています。

ボルドースタイルのワインが国際的に評価されるようになり、今や各産地に合った品種やオリジナリティを追求していくフェーズへと突入しているといえるでしょう。

市場の成熟とともに、中国国内のワイン消費にも変化が起こっています。

伝統的な赤ワイン信仰が強い中国では栽培の9割近くが黒ぶどうですが、今若い世代や女性層を中心に、冷やして気軽に楽しむ白ワインやスパークリングワインへの劇的なシフトが起きています。

特にソーヴィニヨン・ブランの伸びは著しく、近年のニュージーランドからの輸出額が1年で1.5倍に跳ね上がるなど、その勢いは数字にも明確に表れています。

国家主導のモデル地区

中国がワイン造りに心血を注ぐ背景には、単なるビジネスを超えた国家戦略があります。

例えば最注目のワイン産地、内陸部の寧夏回族自治区。

かつて砂漠化が進んでいた乾燥地帯を、政府が国策による灌漑と植樹によって、世界が注目する銘醸地へと塗り替えました。

狙いの一つは、深刻な黄砂対策です。

広大なぶどう畑によって、砂漠化を食い止める「緑の防波堤」を築くこと。

もう一つが、産業の乏しい内陸部での雇用創出です。

ワイン造りという高度な農業を根付かせ、地域の貧困を解決しようという壮大な国家プロジェクトなのです。

実際、寧夏で約13万人の雇用を生み出しているという数字には圧倒的な説得力があります。

さらに寧夏では、国家主導により中国で唯一、ボルドーをモデルにした独自の格付け制度を導入しました。

格付けでは2年ごとに品質を厳しく審査し、1級から5級までを決定します。

このような国を挙げたバックアップが、わずか20年足らずで世界レベルの品質を達成した要因の一つです。

ワインが国益のツールに

寧夏が世界から注目を集めるもう一つの理由が、最先端のスマート農業です。

中国政府はイスラエルの灌漑設備大手〈ネタフィム〉を誘致し、これを足がかりに、同社の高度な点滴灌漑技術と、ドローンやセンサー、AI分析を掛け合わせたデータ駆動型の精密農業を産地全体に定着させたのです。

カリフォルニアやオーストラリアなどでもスマート農業は進んでいますが、寧夏の特徴は、それらが強力な国家主導で推進されている点にあります。

寧夏は単なるワインの銘醸地にとどまらず、中国全土や東南アジアへ最先端の農業システムを供給する巨大なハブとなり、デジタル灌漑の世界的モデル地域として熱い視線を浴びているのです。

伝統的に白酒などの独自の酒文化や、食事でお茶を飲む習慣が根強く、ワイン文化が根付いてきたとは言い難い中国。

この国がワインを国益のためのツールとして使いこなす巨大な意思には、少々の畏怖すら覚えます。

(本稿は書籍『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より一部を抜粋・編集したものです)

水上 彩(みずかみ・あや)

ワインジャーナリスト/コラムニスト
1986年生まれ、神奈川県鎌倉市育ち。お茶の水女子大学理学部卒業後、大手通信企業を経てワイン業界へ。世界最大のワイン教育機関WSETが認定する、国内でも取得者の少ない最難関資格「Level 4 Diploma」を保持。
『Forbes JAPAN』オフィシャルコラムニストとして、ワインをビジネスや文化の視点から紐解く一方、国内外の産地を精力的に訪問し、ストーリーを丁寧に紡ぐ執筆活動を展開。スーパーで手に入るデイリーワインからハレの日の1本まで等しく愛し、初心者目線の解説に定評がある。また、茶道や着物を日常に取り入れたライフスタイルを実践し、ワインと日本の美意識を交差させた独自の楽しみ方を発信している。趣味はアルゼンチンタンゴ。