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「コスト削減」や「選択と集中」は防衛産業の議論でしばしば語られるが、目先の経済合理性を優先した結果、国の防衛基盤を崩壊させた歴史が存在します。1980年代の英国サッチャー政権が陥った「軍縮と紛争誘発」の教訓から、いま日本が向き合うべき「技術力=国防」の本質と、真の継戦能力について考えます。※※本稿は、桜林美佐『軍産複合体:自衛隊と防衛産業のリアル』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。

 東京・目黒の防衛装備庁・艦艇装備研究所の敷地内には知る人ぞ知る石碑があります。そこに刻まれている4つの文字は私たちを覚醒させてくれるものです。

 それは「技術報國」という言葉です。

 この石碑は、旧帝国海軍の目黒海軍技術研究所が紀元2600年(1940年)を機に建立したもので、揮毫したのは都築伊七・海軍中将とされています。都築中将はこの後、旧横須賀海軍工廠で工廠長を務めた機関将校でした。かつて零戦や戦艦大和を作り出した旧海軍の技術者たちの気概が、この4文字から見て取れるのです。

 この石碑は戦後、連合軍の接収やわが国の技術が封印されていた間もそこでじっと耐え、日本の復活を待ちました。そして、二度と蘇らないと思っていた日本の軍事技術に再び火が灯った様子を見守ってきたのです。

 資源のない日本にとっては「モノ作り」こそが国の救世主でした。技術の優位性は国防そのものです。もちろん、このことは昔も今も変わりません。しかし、近年は技術力が国を助けるという事実が忘れられがちになっていないでしょうか。

 かつては「技術報國」のスローガンに敬意を表す自衛官も多くいました。しかし最近はどうでしょうか。

世界一を目指してこその国家の技術力

 国産技術の重要性を説明する際に、しばしば「自国に技術を持っていれば、輸入などで他国から物を買う際にも有力なバーゲニングパワーになる」と言われますが、ある技術者から「この表現は好きじゃない」と言われたことがあります。曰く、「技術開発は、誰もが世界一を目指して取り組んでいるものであり、買い物を有利に働かせるためではない」と……。

 こういう気概は非常に重要だと思いました。「技術力」といっても、ただ作れるだけではだめで、それが世界に比して優位性を持っていることが重要なのです。「世界一」を目指し、そのレベルに到達して初めて他国とのかけひきが可能になる。