世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明元APU学長。出口氏が世界史を背骨に日本人が最も苦手とする哲学と宗教を体系化した『哲学と宗教全史』は、宮部みゆき氏(直木賞作家)や池谷裕二氏(東大教授)など多くの論客から絶賛されている。哲学と宗教の視点から見る「ベンサムに学ぶ限られた時間の使い方」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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見たはずのドラマを思い出せない!
見たいドラマがたまると、つい倍速で見てしまう。だが、数か月後に友人とその作品の話になると、「結局最後どうなったんだっけ?」となる。あらすじや登場人物はなんとなく覚えている。でも、細かい設定は思い出せない。
一方、何年も前にじっくり見た作品のことは、今でも覚えている。好きだった場面を思い返したり、誰かにすすめたりすることもある。
ベンサムが考えた「快楽のスコア」とは?
私たちはつい、たくさん経験したという「量」で充実度を測ってしまう。
だが、快楽をもっと細かく分析しようとしたのが、『哲学と宗教全史』(出口治明著)で紹介されている、イギリスの哲学者ジェレミ・ベンサム(1748~1832)である。
そしてそのスコアの総合点が高いことが、最大多数の最大幸福であるという、有名なテーゼになったのです。
――『哲学と宗教全史』より
ベンサムは、幸福をただ「楽しい気分」として捉えたのではない。
その快楽がどれほど強く、どれほど続くのかなど、いくつもの要素に分けて考えた。
同じ一時間でも、すぐに忘れてしまうこともあれば、何年たっても覚えていることもある。使った時間が同じでも、得られる満足まで同じとは限らない。
楽しさの捉え方が変わる!
今は、短時間で多くのものに触れることが当たり前になっている。
映画も、本も、ニュースも、できるだけ早く理解し、効率よく消費したくなる。
もちろん、時間を大切にすることは悪いことではない。
けれど、効率を上げれば上げるほど、いつの間にか「どれだけ味わったか」ではなく、「どれだけ消化したか」が基準になってしまう。
ベンサムの功利主義を知ると、限られた時間をどう使うか、その基準も少し変わってくる。何をどれだけこなせるかだけでなく、自分が本当に楽しめるものに時間を使うという選び方もあるのかもしれない。





