世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明元APU学長。出口氏が世界史を背骨に日本人が最も苦手とする哲学と宗教を体系化した『哲学と宗教全史』は、宮部みゆき氏(直木賞作家)や池谷裕二氏(東大教授)など多くの論客から絶賛されている。哲学と宗教の視点から見る「何もしない休日を『もったいない』と思う人が見落としていること」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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その写真、何のために撮っている?
旅行に行く前は、細かく予定を立てる。この観光スポットは絶対に外せない。話題のお店にも立ち寄りたい。そんなことを考えているうちに、行きたい場所はどんどん増えていく。
そして、実際に旅行に行けば楽しい。
きれいな景色を見れば写真を撮るし、おいしいものを食べれば、誰かにシェアしたくなる。けれど、ふと、目の前の景色を楽しむより先に、「どこから撮れば映えるだろうか」と考えている自分に気づいてしまう。
荘子に学ぶ「何もしない時間」の大切さとは?
楽しむことさえ窮屈になっている現代の私たちに、一つのヒントを与えてくれるのが、『哲学と宗教全史』(出口治明著)で紹介されている中国の思想家・荘子(BC369~BC286)である。荘子はこう言っている。
万物の絶対性に従って生きればいいのだ。
人間はいいかげんな動物なのだから、自然に従って無為に生きればいいのだよ。
――『哲学と宗教全史』より
荘子が重視した「無為」とは、ただ何もしないことではない。
人間が決めた価値観や目的に自分を縛りつけず、本来の自然なあり方にゆだねるという考え方だ。
何かのために行動するだけでなく、ただ心のままに遊ぶことも、荘子が考える自由な生き方の一つだった。
旅行の計画を立て、きれいな景色を写真に残す。それも旅の楽しみである。
だが、目の前の景色を味わうより、次にどこへ行くか、SNSに何を載せようかと考えることに気を取られてしまうと、楽しむこと自体が後回しになってしまうこともある。
「荘子」の教えを武器にしよう!
現代の私たちは、仕事だけではなく、遊ぶ時間にも充実していたと思える何かをつい求めてしまう。
楽しい時間にしたいと思うほど、あれもこれもと欲張ってしまう。
自由に過ごせるはずなのに、自分で決めた予定に追われてしまうこともある。
荘子の思想は、思い出に残る時間には何か特別な出来事が必要だと思いがちな私たちに、もっと気楽に過ごしてもいいのだと教えてくれる。





