世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”出口治明元APU学長。宮部みゆき氏などから絶賛されている出口氏の『哲学と宗教全史』をもとに、哲学と宗教の視点から見る「孔子が説いた『仁』」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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「迷惑をかけてはいけない」が強すぎる社会の弊害
日本は世界的に見ても、礼儀を重んじる国である。
時間を守る。列に並ぶ。電車では自然と声を落とす。
海外へ行くと、こうしたふるまいが当たり前ではないことに気づかされる。
その礼儀正しさのおかげで、日本は安全で暮らしやすい社会を保ってきた。
その一方で、少し窮屈さを感じる場面もある。
電車で赤ちゃんが泣けば、親が申し訳なさそうに周囲を見回す。
少しのマナー違反が、必要以上に冷たい目で見られることもある。
迷惑をかけないことは大切だ。けれど、それがいきすぎると、人を受け止める余裕まで失われてしまう。
人にやさしい社会を築く孔子の教えとは?
そのヒントになるのが、中国の思想家・孔子(BC552または551~BC479)が重んじた「礼」と「仁」である。
『哲学と宗教全史』(出口治明著)には、孔子の考え方について次のように書かれている。
それは「仁」です。
「仁」とは、自分の欲望を克服し、他人への思いやりを大切にする心です。
――『哲学と宗教全史』より
孔子にとって「礼」は、ただの作法ではなかった。
人がそれぞれの立場をわきまえ、互いを認め合って生きるための生活規範だったのである。
そのうえで孔子は、他人への思いやりを大切にする「仁」も説いた。
「礼」は、社会の秩序を保つために必要な形である。
けれど、その形だけにとらわれると、人を責めたり、裁いたりするものにもなりかねない。
だからこそ、「仁」が必要になる。
「礼」と「仁」の両方に、孔子は理想の社会へ近づく手がかりを見ていたのだろう。
礼儀の奥にある「思いやり」で変わる!
孔子が「礼」とともに「仁」を重んじたことは、現代の日本社会にも重なる。
礼儀正しさは大切だが、それだけで人にやさしい社会ができるわけではない。
本来、礼儀は誰かを責めるものではなく、人と人が気持ちよく生きるためにある。
本書は、哲学と宗教の歴史をわかりやすく伝えるだけでなく、古代の思想が現代の社会にもつながっていることを教えてくれる。礼儀正しさが息苦しさにも変わりうる今だからこそ、人にやさしい社会のあり方を考えることが大事なのだと思った。





