精神科医として患者の心に寄り添う著者が、自らの人生で経験した壮絶な「喪失」について語ります。大切な人を立て続けに失ったとき、人は無意識にどう振る舞い、後からどんな代償を払うことになるのか。深い悲しみの底から見出した、心を壊さないための「過ごし方の鉄則」とは。いつか誰もが直面する痛みを乗り越え、自分自身を大切に守り抜くためのヒントをお届けします。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・斎藤順)
※本稿は『精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)の著者による特別原稿です。

精神科医Tomyがうつ病になって気づいた…心を癒すルール・ベスト1Photo: Adobe Stock

私自身の人生における大きな喪失体験

今日は「大切なものを失った時の過ごし方」というテーマでお話ししたいと思います。

私自身の人生においても、大変な時期がありました。30代に入ってすぐのことです。父の実家であるクリニックに戻り、「これから一緒にやっていこう」と話してからわずか2週間後、父が倒れてしまいました。そして残念なことに、その1年後に亡くなってしまったのです。

その後、少し立ち直りかけた35歳の時に、今度はパートナーを亡くしました。7年半一緒に過ごし、ちょうどパートナー自身が精神科クリニックを開業しようとしていた矢先のことでした。その後、私が代わりにクリニックを引き継ぐ時期があったのですが、その1年後に今度は私自身がうつ病になってしまいました。

これまでの人生を振り返ると、大切なものを失った最も大きなタイミングがこの時期でした。

「自分だけは大丈夫」という正常性バイアス

父が倒れた時、自分にとって身近な人や、当たり前のように存在していた人が突然いなくなってしまうということが初めての経験だったため、その衝撃は非常に大きなものでした。

人間というのは不思議なもので、さまざまなニュースを見聞きしていても、「自分だけは大丈夫」と思い込んでしまう傾向があります。いわゆる「正常性バイアス」と呼ばれるものです。「私だけは違う」「自分にはそんなに早く不幸は訪れないだろう」と思ってしまうのです。

父は70歳を過ぎていたので、頭では何が起きてもおかしくない年齢だとわかっていたはずなのですが、実家に帰ったばかりのタイミングだったこともあり、前提が崩れ去るショックは計り知れませんでした。

父は脳出血で倒れ、緊急手術で命だけは取り留めたものの、目だけしか動かせず、意思疎通もできない状態になりました。せめて声だけでも聞きたいと願いながらお見舞いをしていましたが、状況はよくならず、1年後に亡くなりました。それでも心のどこかで「きっとよくなるはずだ」と期待してしまう自分がおり、最後まで諦めきれないまま、その日を迎えてしまいました。

この経験を通じて、自分にも何でも起こり得るのだということを痛感しました。初めて大きな喪失を経験する時は、これほどまでに大きな衝撃を受けるものなのだと理解しておくことが大切です。