世の中をあっと言わせる偉業を成し遂げた人は、どんなことを考えていたのか。サラリーマンでありながらサンダンス映画祭で日本映画史上初のグランプリを受賞し、『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』を上梓した長久允氏の思考を辿ります。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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スマホに10年メモし続ける
休みの日に、何か仕事に役立つインプットをしようと思っても、気づけばニュースを流し見して終わってしまう。
そんなことはないでしょうか。
話題の本を読む。映画を見る。SNSで流行を追う。ニュースアプリを開く。
もちろん、それらは大事なことです。けれど、ただ情報をたくさん浴びるだけでは、自分の仕事に生きるインプットにはなりにくいのではないでしょうか。
サンダンス映画祭で「この映画は何にも似ていない」と絶賛され、日本人で初めてグランプリを受賞した映画監督の長久允さんは、こんな風に語っています。
そこにはダイナミックではないけれど大事な感情が残されているときもあるし、くだらないと思っていたダジャレがなぜか大きくてシンプルな企画に発展することもあります。
――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p70より
すぐに企画になるような材料でなかったとしても、そうした記録を残しているというのです。
現実を「まっさらな気持ち」で感じること
確かに、休日だからといって、特別な場所へ行かなければならないわけではありません。
遠くへ出かけなくても、普段歩いている道、買い物中の会話、電車の中の広告、家族との何気ないやりとりの中に、仕事や創作のタネはあるということ。
大切なのは、それを「ただの出来事」として流さないことです。なぜこの言葉が気になったのか。なぜあの親子の会話が耳に残ったのか。なぜあのニュースを見て、少しざわざわしたのか。
そこに、自分だけの感情が残っていることがあります。
また、長久さんはニュースについてもこう語っています。
どうしてそれが起きてしまったのか。
それに対しての周りの反応はどうか。
自分はどう感じたのか。
それらをまっさらな気持ちで感じること、考えることを日々積み重ねています。
ニュースには人間の愚かさと努力の「現実」が詰め込まれているように感じます。また、それらへの思案を続けることで、自分が社会に、人間に、どうあってほしいかという「理想」をイメージさせてくれます。その「現実」と「理想」は必ず、自分から放出される物語に影響してくるはず。
――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p71より
ニュースを見るのは単に世の中の動きを知ることではなく、その出来事に対して自分が何を感じたのかを考える機会なのです。
そうすることで、単なる情報が自分の問いに変わるのでしょう。
当事者にしか見えていないものを発見する
仕事で人を動かす企画や言葉は、単なるトレンドの理解だけでは生まれません。
世の中の現実を見て、自分は何を問題だと思うのか。どんな未来なら少しよくなると思うのか。そこまで考えたときに、はじめて自分の視点が生まれます。
さらに長久さんは、「取材」の大切さにも触れています。
取材といったら大袈裟かもしれませんが、たとえばある友人の発言に気になることがあれば、「お茶しない? 話聞かせてもらってもいい?」などと時間をもらう。そのレベルで構いません。それが脚本につながらなくても、きっとそれはあなたに大事なことをもたらすでしょう。
当事者の方に話を聞くことはとても大事です。想像だけを膨らませていると、偏見やステレオタイプが充満してしまいます。そして何より、発見がある。当事者の方にしか見えていない、細かいディテールにこそ強い真実が隠れているでしょう。
その取材が、もし映画の企画や脚本に発展するときが来たら、取材対象の方に敬意と感謝を忘れずに。特に、彼ら彼女たちの人生を部外者が「消費」してしまうことにならぬよう、細心の注意を払いましょう。
――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p71-72より
これは、休みの日にやりやすいインプットです。
久しぶりに会う人に聞いてみる、友人をお茶に誘ってみる。
時間があるからこそ、生の声を集めやすくなります。
そして、その細かいディテールの中に、自分ひとりでは絶対にたどり着けない真実がある。
一流が休みに実践するインプット法とは、効率よく情報を集めることではありません。
日常で気になったことをメモする。ニュースを見て、自分が何を感じたのか考える。気になる人に話を聞く。
その積み重ねによって、世の中の出来事はただの情報ではなく、自分だけの視点に変わっていくのです。







