やるからにはいい仕事をしたい。自分らしく働きながら結果も出すためのヒントを、サラリーマンでありながらサンダンス映画祭で日本映画史上初のグランプリを受賞した長久允氏の思考から辿ります。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

手を動かす前に定めるべきこと

 とりあえず資料を作り始める。
 とりあえず企画書の見出しを並べる。
 とりあえず文章を書き出す。

 それは確かに大事なことで、実際、考えているだけで何も作らないよりは、まず形にしてみたほうがいい場面もあるでしょう。

 けれど、本当に伝わる仕事をしている人は、いきなり手を動かしているようで、実はその前に決めていることがあります。

 それは、受け手の心に何を残したいかです。

整っているのに「届かない」仕事になってしまう理由

 長久允さんの『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』を読んでいると、そのことを強く感じます。

 長久さんは、映画のエンドロールで流れる歌詞について、こう語っています。

 その映画で伝えたいことが、仮に『生きろ』ということならば、それはセリフで伝えることもできるけれど、歌詞ならばもっとまっすぐに自然に伝えることができると考えます。


――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう脚本の教室』p124-125より

 セリフで説明することもできる。物語の中で描くこともできる。けれど、音楽と言葉が重なることで、もっと曖昧で、もっと繊細なものが、観客の中に自然と残っていく。

 長久さんは、エンドロールの5分間には、映画全体で届けたいものを凝縮して達成できる力があるといいます。

 そして、こう続けます。

 ここで書かれた歌詞こそが、私がこの映画を使って自分が残したい、観客に手渡したい言葉たちなのです。だから私は、まず歌詞を書きます


――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう脚本の教室』p125より

 これは、映画づくりだけの話ではないでしょう。

 企画書を書くとき、プレゼンを作るとき、メールを送るとき、商品をつくるとき。

 私たちはつい「何を入れるか」「どう整えるか」「どう見せれば評価されるか」から考えてしまいます。

 もちろん、それらも大切です。
 けれど、そこから始めると、見た目は整っていても、なぜか相手の心に残らない仕事になってしまうことがあります。

 そこでまず、「最後に相手に何を手渡したいのか」というゴールを決めるのです。

 この企画を読んだ人に、前向きな気持ちになってほしいのか。危機感を持ってほしいのか。安心して一歩踏み出してほしいのか。誰かにやさしくなってほしいのか。「自分もやってみよう」と思ってほしいのか。

 届けたい感情が決まっていないまま手を動かすと、仕事は情報の集合になります。

 必要なことは書いてある。論理も通っている。見た目も整っている。でも、読み終えた後に何も残らない。誰がやっても同じ。そういう仕事になってしまいます。

成功の定義を定めよ

 反対に、最後に残したい感情が決まっていると、何を入れるべきか、何を削るべきか、どんな順番で伝えるべきかが見えてきます。言葉の温度も、資料の構成も、見出しの強さも、自然と変わっていきます。

 長久さんは、この「エンドロールの歌詞から作る」という独自の手法で、日本人が誰も獲れなかった賞を次々と獲得してきました。

 実際に、サンダンス映画祭にて日本映画初の審査員特別賞・オリジナリティ賞を受賞し、ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門スペシャルメンション(準グランプリ)受賞、オープニング上映作品となった『WE ARE LITTLE ZOMBIES』(ウィーアーリトルゾンビーズ)についても、このように言及しています。

 彼らがゾンビだったとしても、絶望せずに、ただただ長く生きて(歩き続けて)ほしい。そのような思いを込めて映画を作りました。それはつまり、この映画を観た今絶望的な環境にある子どもたちへのエールでした。この映画の凝縮版が、このエンディング曲なのです。
 

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう脚本の教室』p127より

 仕事がうまい人は、最初から器用に手を動かしている人ではありません。

 手を動かす前に、「最後に相手の中に何が残れば、この仕事は成功なのか」を決めている人なのです。

 だから、次に何かを作るときは、いきなり資料を開く前に、一度だけ考えてみるといいのではないでしょうか。

 この仕事のエンドロールに流れる“最後の1行”は何か。

 それが決まったとき、仕事はただ整ったものではなく、ちゃんと誰かに届くものになっていくはずです。