「死ぬのが怖い」「年齢を重ねて体が衰えていくのが恐怖だ」――。こうした老いや死に対する恐れは、一見すると生物としての自然な本能のように思えます。しかし、世の中には、歳をとることを一切恐れず、いつ人生が終わっても悔いはないと語るシニアも存在します。この違いは一体どこから生まれるのでしょうか。その理由を書籍『やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ』をもとに紹介する。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)
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本当に恐れているのは「死」そのものではない
40代のビジネスパーソンは、キャリアの中盤に差し掛かり、残された時間が無限ではないことに気づき始めます。
しかし、日々の業務に忙殺され、「本当にやりたかったこと」を常に未来へと先延ばしにしがちです。
「いつか時間ができたら」「いつかお金が貯まったら」と、夢に日傘をさしたまま人生の時間を浪費していきます。
そして、その先延ばしの言い訳を重ねるほどに、心の奥底で「死への恐怖(チャンスを永遠に失うことの焦り)」が肥大化していきます。
『世界の果てのカフェ』という本の登場人物は、人間が死に対して抱く恐怖の構造について、極めて明快で納得のいく回答を提示しています。
自分が生きている理由(存在理由)を日々満たして生きている人は、いつ死が訪れても恐怖を感じません。
なぜなら、彼らはすでに「十分に生きた」という実感を毎瞬得ているからです。
――『世界の果てのカフェ』より
「今、すでにやっている」という実感
最高の老後を迎える人は、40代のうちから自分のやりたいことを「先延ばしにするのをやめた」人たちです。
彼らは、会社の定年や、子供の自立、老後資金の完済といった特定のイベントを待たずに、今すぐに自分の存在理由を満たすアクションを小さく始めています。
週末に少しだけ趣味の絵を描く、関心のある分野の勉強を始める、会いたかった人に手紙を書く……。
その「今、すでにやっている」という確かな手応えこそが、未来に対する一切の不安や、死に対する本能的な恐怖を、きれいに洗い流してくれます。
人生を充実させるために必要なのは、未来の大きな計画ではなく、今日の小さな一歩の踏み出しなのです。
――『世界の果てのカフェ』より
「もし自分の寿命があと1年だとしたら、今と同じ仕事を、同じ熱量で続けるだろうか?」と自問してみてほしいです。
もし全く違うことをしたいと思うなら、その「本当にやりたいこと」の一部を、今日の夜、あるいはこの週末のスケジュールに1時間だけでいいからねじ込んでみましょう。
死の恐怖を消す唯一の薬は、今を十全に生きることです。




