「定年退職して自由な時間ができたら、やりたかった趣味を存分に楽しもう」――。そう夢見て、毎日の過酷な労働を耐え忍んでいる人は多いです。しかし、実際に定年を迎えた人の多くが「やることがない」「毎日が退屈でたまらない」と虚無感に苛まれている現実をご存じでしょうか。なぜ、あれほど憧れた自由な時間が、退屈でつまらない苦痛に変わってしまうのか。書籍『やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ』の中から、会社員時代に無意識のうちに侵食されている「悪習慣」を紹介する。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)

あっという間に「つまらない老後」を送る人の特徴・ワースト1Photo: Adobe Stock

毎日のメールチェックが1年以上を奪い去る

 多くのビジネスパーソンは、1日のうちの相当な時間を「他者の要請に応じること」に費やしています。

 朝起きてスマホを開き、メールをチェックし、SlackやTeamsのメッセージに返信し、重要度の低い打ち合わせに出席する……。

 私たちは「仕事をしている」つもりになっています。

 しかし、その実態は「他人の優先事項に反応しているだけ」なのです

 この「受動的な生活習慣」こそが、あなたの主体性をじわじわと奪い去っていきます。

世界の果てのカフェ』という本では、そうした日常の些細な「他者への対応」が、どれほど莫大な人生の時間を奪い去っているかを、具体的な数値で示して警告しています。

 たった20分のメールチェックであっても、それが蓄積されたときに失うものの大きさに、私たちは目を見開くべきです。

「毎日たった20分だとしても、1年で約120時間になる。もし40年間働き続けるとしたら、なんと約4800時間、つまり丸200日分もの時間を、ただメールを読むためだけに費やすことになるの。起きている時間だけで計算すれば、人生のまるまる1年以上を他人のメッセージ対応に捧げていることになるのよ」
――『世界の果てのカフェ』より

自分の時間を切り売りしていないか?

 このように、他者主導の「逆波」に人生の貴重な時間を奪われ続けていると、脳は「指示待ち」「反応待ち」のモードで完全に固定されてしまいます。

 定年退職した途端に虚無に陥る人は、自由な時間ができたからつまらないのではありません。

 会社や他者からの「リアクションすべき刺激(仕事やメッセージ)」が消えたため、自律的に時間を使う能力が下がってしまっているのです

 私たちは、外部からのノイズを意識的にシャットアウトし、自分の「存在理由」を追求する時間を確保しなければなりません。

 他人の書いた筋書きにただ反応し、自分の大切な時間を切り売りする生き方を続けていれば、人生の最後に待っているのは「自分は一体、誰の人生を生きていたのだろうか」という、取り返しのつかない後悔だけなのです。

「毎日、私たちは本当にたくさんのメッセージに囲まれている。そのほとんどは、私たちの存在理由とは何の関係もない。でも、私たちが注意を怠ると、そのメッセージが私たちの生活を支配し、気づいたときには他人のために時間を使わされているのよ」
――『世界の果てのカフェ』より

「つまらない老後」を回避するために今すぐすべきことは、朝一番に「他者からの連絡」を確認するのを30分だけ我慢することです。

 その最初の30分を、「今日、自分は何をしたいか」「自分の人生で本当に大切なことは何か」を考える時間に充てます

 他者への反応(リアクション)ではなく、自己の意志(アクション)から1日を始める訓練を今から重ねましょう。